ベガのメルカバ精神修養
ワープ・スペース・アウト。
視界の端から、別の宇宙が静かに重なってくる。
ベガ高速船ルミナスは、バブル・ジャンプを繰り返し、
地球から25光年の距離を超えて、ついにベガ宙域へ到達した。ここは、太陽系とはまったく異なる宇宙空間だった。
太陽のような光に照らされた空間ではない。
天の川銀河の中心から押し寄せる白い光が、
空間全体を淡く、圧倒的な密度で満たしていた。地球で見た“薄い帯”の天の川とは違う。
ここでは銀河は、星々が溶け合い、流れ、脈動する──
光の大河 として存在していた。ヤマトは、その光景に息を呑む。
船内での生活にも慣れ、宇宙の知識を貪欲に吸収してきた彼でも、
この光景は想像を超えていた。カイがナビ席から静かに告げる。
「キャプテン、ベガの宙域に入りました。
もうすぐで、ルーメリアに到着です」ヤマトは振り返る。
「ルーメリア……?」
アリオンが静かに頷いた。
「そうだ。ルーメリア──それが、我々ベガ文明の母星だ」
カイが前方のスクリーンを拡大する。
「ルーメリアが視界に入りました」
銀河の光の海の中に、ひとつだけ沈黙した惑星が浮かんでいた。
赤錆色の惑星。
地球より少し大きい、その星は、光を反射せず、
むしろ、吸い込むような重さをまとっている。ヤマトは思わずつぶやく。
「……ここに、ベガの人たちが住んでいるのか……」
アリオンは静かに答える。
「地表ではない。地表は核汚染で住むことはできない。
我々は地下に都市を築き、そこで暮らしている」ヤマトはスクリーンを見つめたまま、
胸の奥に重いものが沈むのを感じた。赤錆色の惑星──
かつて文明が栄えた星が、
今は沈黙した廃墟のように見える。ルミナスはルーメリアの上空軌道へ入り、
ゆっくりと姿勢を変えた。カイが報告する。
「宇宙港とのリンク確立。
マザー・メルカバからの応答を受信しました。
これより地下港へジャンプします」瞬時に空間が変化し、ルーメリアの地下港に切り替わった。
アリオンが言う。
「ヤマト。ようこそ、我々の母星ルーメリアへ。君を歓迎する」
「これから、君をベガの長老たちのいる評議会に連れていく」
アリオンとヤマトの姿がふっと揺らぎ、次の瞬間、別の空間へ切り替わった。
評議会の間。
光が層を成し、静かに脈動している。
「ようこそ。ヤマトくん。わしは、議長のセラフィオンである」
ヤマトには、長年生きてきた仙人のような老人に見えた。
「はじめまして、地球からきた高城ヤマトといいます」
セラフィオンは微笑む。
「さっそくじゃが、
君はここでメルカバの精神修養をしてもらわなきゃいかん」「そうしないと、銀河の旅で、君の心身が崩壊してしまう」
「バブル・ジャンプは、経験したじゃろ?」
「はい、相当疲れました。特に精神がきつかったです」
「そういうことじゃ」
ヤマトは深く息を吸う。
「ぜひ、修行お願いします」
「じゃあ、修行の場へ移ろうかの」
アリオンがヤマトの肩に手を置く。
「ヤマト、がんばれよ」とアリオンは励ました。
空間が切り替わる。
そこは、時間と空間の制約がほどけた“間”の領域だった。
「……なんだ、この空間……頭が……」
ヤマトは迷路に迷い込んだような感覚に襲われる。
セラフィオンが言う。
「慣れるまでは我慢じゃ。
ここは、第6密度に近い者だけが生成できる場」「師匠……どうすれば……?」
「瞑想じゃ。
アリオンとの精神融合で、やり方は身についておるはずじゃ」ヤマトは目を閉じる。
「……はい。やってみます」
光が静かに脈動し、
ヤマトの意識は、深い深い層へ沈んでいった。
空間がふっと切り替わった。
ヤマトは思わず足を踏みしめようとしたが、
足元に“床”という感覚がなかった。上下も、左右も、前後も──
すべてが曖昧なまま、
ただ“在る”だけの空間が広がっていた。光があった。
だが、光源はない。
影も落ちない。「……ここは……?」
声を出したつもりだったが、
音はどこにも届かなかった。空間が吸い込んだのではない。
音という概念そのものが存在していない。
セラフィオンの意識が、
柔らかい波のようにヤマトへ触れる。「ここは“間”じゃ。
形のない空間。
密度が高いほど、空間はこうして曖昧になる」ヤマトは目を閉じた。
閉じても光は消えない。
むしろ、まぶたの裏側から光が染み込んでくる。
方向感覚が崩れ、
自分の身体の輪郭すら曖昧になっていく。「……頭が……」
セラフィオンの意識が寄り添う。
「大丈夫だ、ヤマト。
最初は誰でも混乱する」ヤマトは呼吸を整えようとするが、
呼吸のリズムすら自分のものではないように感じた。セラフィオンが言う。
「ここでは、君の“形”が揺らぐ。
それは恐れではなく、解放の兆しなのじゃ」ヤマトは震える意識で問う。
「……どうすれば……?」
「瞑想じゃ」
セラフィオンの意識が、
静かにヤマトの中心へ触れた。「アリオンとの精神融合で、
瞑想の“型”はすでに刻まれておる。
あとは、君がそれを“思い出す”だけじゃ」ヤマトは、ゆっくりと目を閉じた。
光は消えない。
むしろ、光が自分の内側へ流れ込んでくる。
呼吸が深くなる。
身体の輪郭が、さらに薄くなる。
「……あ……」
ヤマトの意識が、
胸の奥にある“点”へ吸い込まれていく。その点は、光でも闇でもない。
ただ、静かに脈動していた。
セラフィオンの声が響く。
「それが“君の中心”じゃ。
そこから、メルカバは開く」ヤマトの内側で、
何かがゆっくりと回転を始めた。最初は小さな渦。
やがて、渦は光を帯び、
形を持たない形として広がっていく。セラフィオンが静かに言う。
「ヤマト……それが、君のメルカバだ」
ヤマトは息を呑んだ。
自分の内側で回転する光の渦が、
まるで、宇宙そのもののように感じられた。セラフィオンが告げる。
「ここからが、本当の修養じゃ。
君の“心の形”を整え、
銀河を旅するための器をつくる」光が脈動し、空間が静かに震えた。
ヤマトの修行が、いま始まった。
つづく