SF小説 Starforge Odyssay

Starforge Odyssey 第3話

時空間の跳躍

ベガ高速船《ルミナス》の船内は、
地球のどの科学でも説明できない静けさに満ちていた。

壁面は淡い光を帯び、空気そのものが“整えられている”ように感じられる。

ヤマトはまだ慣れない重力制御の感覚に戸惑いながら、
目の前に立つアリオン隊長を見つめた。

アリオンは柔らかな微笑みを浮かべ、静かに言った。

「これから我々は、ベガの母星へ向かう」

アリオン隊長の言葉は、ヤマトの胸に静かに落ちた。

地球を離れたばかりの自分が、宇宙種族文明の星へ向かう
──その実感はまだ薄い。

「ベガ……。どんなところなんだろう」

しかし、ヤマトの好奇心と探究心は膨らんでいた。

アリオンは少しだけ視線を遠くへ向けた。

その表情は、故郷に対する深い静けさを宿していた。

「その前に、これから、この船はワープ航法に入る。君に簡単に説明しておこう」

アリオンが指先を軽く動かすと、船内の空間が“水面のように揺らぎ”、
まるで3Dホログラムのように、幾何学的な光の図形が浮かび上がった。

光は生き物のように脈動し、形を変え続ける。

「地球では空間は“固定された舞台”と考えられている。

 だが、我々ベガ文明にとって、空間は“可塑的な媒体”だ」

光の図形が伸び、縮み、ねじれ、重なり合う。

「空間は伸びる。
 空間は縮む。
 空間はねじれる。
 空間は重ねられる。
 我々ベガ人にとって、空間は“扱うもの”なんだ」

「空間を……操作できるんですか?」

ヤマトは、目を丸くして、その図形を見ていた。

アリオンは頷き、光の図形をさらに複雑に変化させた。

「ベガ文明の航法は、“メルカバ”を利用する」

光が集まり、星型多面体のような立体が形成される。

それはゆっくりと回転し、淡い光を放っていた。

「メルカバとは、
 光(Mer)・精神(Ka)・存在(Ba)
 を同時に回転させる立体幾何学エンジンだ。
 我々はこれを“意識で操作”する」

ヤマトは、目が点になり、言葉を失う。

「ちょっと、理解が追いつかなくなってきたぞ」

アリオンは軽く笑った。

「すまない。君が地球人だということを忘れていた。
 では──精神融合で説明しよう」

アリオンが指先をヤマトの額にそっと触れた瞬間、
視界が白く染まった。

しかし、そこに“情報が流れ込む”感覚はない。

ヤマトの中の“リラ人の遺伝子”が、静かに扉を開いた。

そこに眠っていた記憶が、
まるで記憶が呼び覚まされる様に、整然と情報が流れてくる感覚だった。

白い空間が広がり、
その中心にアリオンの姿が現れる。

だがこれはアリオンの意識ではなく、
ヤマト自身の遺伝子が作り出した“理解の場”だった。

「まず、メルカバを回転させる。これは意識操作だ。
ベガ人は精神でメルカバを回転させ、船体の周囲に“空間のねじれ場”を作る」

星型多面体がゆっくりと回転し、
空間が波紋のように歪む映像が浮かぶ。

「空間がねじれると、本来離れている2点が“近づく”。
 そして空間は元に戻ろうとする。
 その反発力を利用して、船は跳ね飛ばされるように移動する」

「ベガの母星までは、25光年の距離──
 地球時間で、約25日で到達する」

白い精神融合空間が静かに閉じ、
ヤマトはゆっくりと現実の船内へ戻ってきた。

「君には、まだ教えることがたくさんある。
 まずはブリッジに行こう」

アリオンが指を鳴らすと、
船内の空間が“折り畳まれるように”変形し、
次の瞬間、二人はブリッジに立っていた。

空間を移動するのではなく、
空間の方が二人の位置へ“寄ってきた”ような感覚だった。

副長レイラ・ヴァーンが振り返る。

「キャプテン、準備は整っています」

アリオンは頷き、航行技術士のカイへ指示を出す。

「カイ、Bubble Space Jump Warp Drive──開始」

「アイアイサー、warp bubble 生成開始!」

若い航行技術士カイが、陽気な言葉で応答する。

ヤマトの緊張をやわらげるための彼なりの配慮だった。

「よし、いこう」とアリオンが皆に言った。

船体の周囲に幾何学光が展開し、
空間が“薄く”なり、“厚く”なり、
ねじれ、折り畳まれ、泡のように膨らんでいく。

船は泡の中心で完全に静止している。

しかし──宇宙空間の方が動き始めた。

ブリッジ全体が静まり返った。

《ルミナス》の中心部で、メルカバ・コアが低く共鳴を始める。

アリオンはキャプテンシートの側に立ち、ヤマトをそのシートに座らせた。

その瞬間、船体の周囲に幾何学光が展開した。

光は星型多面体のように組み合わさり、
まるで宇宙そのものが形を変え始めたかのようだった。

ヤマトは息を呑む。

アリオンの意識がメルカバに触れたのだ。

光が回転し、空間が震え、
《ルミナス》の周囲に“ねじれ場”が生まれる。

前方の空間が“薄く”なり、
後方の空間が“厚く”なる。

まるで宇宙が呼吸をしているようだった。

薄くなった空間は、遠くの星々を引き寄せるように歪み、
厚くなった空間は、過去の時間を押し返すように膨張する。

ヤマトには、空間が“布”のように扱われているように見えた。

幾何学光が一気に収束し、
《ルミナス》は巨大な光の泡の中心に収まった。

泡の内部は完全な静止。

外側の宇宙だけが、ゆっくりと流れ始める。

ヤマトは理解した。

船は動かない。

宇宙の方が動くのだ。

次の瞬間、空間が“元に戻ろうとする力”が働いた。

宇宙そのものが弾性を持つかのように、
折り畳まれた空間が跳ね返り、《ルミナス》を押し出す。

跳ね飛ばされる──
まさにその表現がふさわしい。

船体は揺れない。

だが、星々の配置が一瞬で変わった。

ヤマトはキャプテンシートの計器を見て驚愕した。

「……星の位置が……変わってる……!」

アリオンが目を開け、静かに言う。

「光速ではなく、空間そのものが縮む。
 だから距離の概念が変わる。
 25光年の旅は──25日で終わる」

ヤマトは言葉を失った。

アリオンはヤマトに再び語りかけた。

「ヤマト、覚えておくといい。
 メルカバ航法は“精神性”が必須なんだ」

「??」

アリオンは淡く微笑む。

「操縦者の精神が乱れると、メルカバは不安定化する。
 恐怖や怒りは空間の歪みを乱し、
 調和と静寂は安定したジャンプを生む」

ヤマトは息を呑む。

「……精神が、空間に影響するんですか?」

「そうだ。ベガ文明は精神性が高いため、安定して扱える。
 同等の技術を持っていたのは──リラ文明だけだ」

その名を聞いた瞬間、
ヤマトの胸の奥で何かが微かに震えた。

アリオンはヤマトの反応を見て、静かに言った。

「これから、もう少し深く説明しよう。
 精神融合を再度試みる」

アリオンが再び指先をヤマトの額に触れる。

視界が白く染まり、
ヤマトの中の“リラ遺伝子”がさらに開いた。

今度は講義ではなく、
宇宙の構造そのものが映像として展開した。

アリオンの声が、白い空間に響く。

「物質は光速を超えて移動できない。
 これはアインシュタインの特殊相対性理論の基本原則だ」

宇宙の光速壁が映像として現れる。

「だからこそ、我々は“物質を加速する”のではなく、
 空間そのものを操作する方向に進化した」

空間が折り畳まれ、
星々が近づく映像が流れる。

「Bubble Space Jump Warp は、
 君たちが言うカーデシェフ・スケールで例えると、
 タイプIV航法に分類される」

映像が分岐し、複数の航法が並ぶ。

「物理的 warp bubble(Type II〜III)
 意識によるメルカバ操作(Type IV)
 この組み合わせは、この銀河系には、我々以外は存在しない」

ヤマトは息を呑む。

「この領域に近い文明は──
 ベガ文明、リラ文明、アルクトゥルス文明だけだ」

アリオンの声が静かに続く。

「《ルミナス》が銀河最速なのは、理由がある」

映像が船体の構造を映し出す。

「メルカバの精度が高い。
 操縦者の精神性が極めて高い。
 船体が“空間の歪み”に最適化されている。
 推進力ではなく“空間の弾性”を利用する。
 エネルギー消費が極小」

アリオンは結論を告げる。

「つまり──物理的な速度ではなく、空間そのものを跳ぶから最速なのだ」

最後に、メルカバの全体像が映し出される。

「メルカバは、ベガ文明を築く存在そのものだ」

光が集まり、巨大な立体が形成される。

「エネルギーコア:空間弾性エネルギーを引き出す。
 空間操作エンジン:warp bubble を生成し、空間を折り畳む。
 意識制御装置:操縦者の精神状態が航行に直結する。
 多次元ナビゲーション:次元座標を選択し、位相を安定化する」

アリオンは静かに締めくくった。

「メルカバとは──宇宙を動かす万華鏡だ」

白い空間がゆっくりと閉じ、ヤマトは現実へ戻った。

《ルミナス》はすでに、光の泡の中を跳躍し続けていた。

つづく

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