時空間の跳躍
ベガ高速船《ルミナス》の船内は、
地球のどの科学でも説明できない静けさに満ちていた。壁面は淡い光を帯び、空気そのものが“整えられている”ように感じられる。
ヤマトはまだ慣れない重力制御の感覚に戸惑いながら、
目の前に立つアリオン隊長を見つめた。アリオンは柔らかな微笑みを浮かべ、静かに言った。
「これから我々は、ベガの母星へ向かう」
アリオン隊長の言葉は、ヤマトの胸に静かに落ちた。
地球を離れたばかりの自分が、宇宙種族文明の星へ向かう
──その実感はまだ薄い。「ベガ……。どんなところなんだろう」
しかし、ヤマトの好奇心と探究心は膨らんでいた。
アリオンは少しだけ視線を遠くへ向けた。
その表情は、故郷に対する深い静けさを宿していた。
「その前に、これから、この船はワープ航法に入る。君に簡単に説明しておこう」
アリオンが指先を軽く動かすと、船内の空間が“水面のように揺らぎ”、
まるで3Dホログラムのように、幾何学的な光の図形が浮かび上がった。光は生き物のように脈動し、形を変え続ける。
「地球では空間は“固定された舞台”と考えられている。
だが、我々ベガ文明にとって、空間は“可塑的な媒体”だ」
光の図形が伸び、縮み、ねじれ、重なり合う。
「空間は伸びる。
空間は縮む。
空間はねじれる。
空間は重ねられる。
我々ベガ人にとって、空間は“扱うもの”なんだ」「空間を……操作できるんですか?」
ヤマトは、目を丸くして、その図形を見ていた。
アリオンは頷き、光の図形をさらに複雑に変化させた。
「ベガ文明の航法は、“メルカバ”を利用する」
光が集まり、星型多面体のような立体が形成される。
それはゆっくりと回転し、淡い光を放っていた。
「メルカバとは、
光(Mer)・精神(Ka)・存在(Ba)
を同時に回転させる立体幾何学エンジンだ。
我々はこれを“意識で操作”する」ヤマトは、目が点になり、言葉を失う。
「ちょっと、理解が追いつかなくなってきたぞ」
アリオンは軽く笑った。
「すまない。君が地球人だということを忘れていた。
では──精神融合で説明しよう」アリオンが指先をヤマトの額にそっと触れた瞬間、
視界が白く染まった。しかし、そこに“情報が流れ込む”感覚はない。
ヤマトの中の“リラ人の遺伝子”が、静かに扉を開いた。
そこに眠っていた記憶が、
まるで記憶が呼び覚まされる様に、整然と情報が流れてくる感覚だった。白い空間が広がり、
その中心にアリオンの姿が現れる。だがこれはアリオンの意識ではなく、
ヤマト自身の遺伝子が作り出した“理解の場”だった。「まず、メルカバを回転させる。これは意識操作だ。
ベガ人は精神でメルカバを回転させ、船体の周囲に“空間のねじれ場”を作る」星型多面体がゆっくりと回転し、
空間が波紋のように歪む映像が浮かぶ。「空間がねじれると、本来離れている2点が“近づく”。
そして空間は元に戻ろうとする。
その反発力を利用して、船は跳ね飛ばされるように移動する」「ベガの母星までは、25光年の距離──
地球時間で、約25日で到達する」白い精神融合空間が静かに閉じ、
ヤマトはゆっくりと現実の船内へ戻ってきた。
「君には、まだ教えることがたくさんある。
まずはブリッジに行こう」アリオンが指を鳴らすと、
船内の空間が“折り畳まれるように”変形し、
次の瞬間、二人はブリッジに立っていた。空間を移動するのではなく、
空間の方が二人の位置へ“寄ってきた”ような感覚だった。副長レイラ・ヴァーンが振り返る。
「キャプテン、準備は整っています」
アリオンは頷き、航行技術士のカイへ指示を出す。
「カイ、Bubble Space Jump Warp Drive──開始」
「アイアイサー、warp bubble 生成開始!」
若い航行技術士カイが、陽気な言葉で応答する。
ヤマトの緊張をやわらげるための彼なりの配慮だった。
「よし、いこう」とアリオンが皆に言った。
船体の周囲に幾何学光が展開し、
空間が“薄く”なり、“厚く”なり、
ねじれ、折り畳まれ、泡のように膨らんでいく。船は泡の中心で完全に静止している。
しかし──宇宙空間の方が動き始めた。
ブリッジ全体が静まり返った。
《ルミナス》の中心部で、メルカバ・コアが低く共鳴を始める。
アリオンはキャプテンシートの側に立ち、ヤマトをそのシートに座らせた。
その瞬間、船体の周囲に幾何学光が展開した。
光は星型多面体のように組み合わさり、
まるで宇宙そのものが形を変え始めたかのようだった。ヤマトは息を呑む。
アリオンの意識がメルカバに触れたのだ。
光が回転し、空間が震え、
《ルミナス》の周囲に“ねじれ場”が生まれる。前方の空間が“薄く”なり、
後方の空間が“厚く”なる。まるで宇宙が呼吸をしているようだった。
薄くなった空間は、遠くの星々を引き寄せるように歪み、
厚くなった空間は、過去の時間を押し返すように膨張する。ヤマトには、空間が“布”のように扱われているように見えた。
幾何学光が一気に収束し、
《ルミナス》は巨大な光の泡の中心に収まった。泡の内部は完全な静止。
外側の宇宙だけが、ゆっくりと流れ始める。
ヤマトは理解した。
船は動かない。
宇宙の方が動くのだ。
次の瞬間、空間が“元に戻ろうとする力”が働いた。
宇宙そのものが弾性を持つかのように、
折り畳まれた空間が跳ね返り、《ルミナス》を押し出す。跳ね飛ばされる──
まさにその表現がふさわしい。船体は揺れない。
だが、星々の配置が一瞬で変わった。
ヤマトはキャプテンシートの計器を見て驚愕した。
「……星の位置が……変わってる……!」
アリオンが目を開け、静かに言う。
「光速ではなく、空間そのものが縮む。
だから距離の概念が変わる。
25光年の旅は──25日で終わる」ヤマトは言葉を失った。
アリオンはヤマトに再び語りかけた。
「ヤマト、覚えておくといい。
メルカバ航法は“精神性”が必須なんだ」「??」
アリオンは淡く微笑む。
「操縦者の精神が乱れると、メルカバは不安定化する。
恐怖や怒りは空間の歪みを乱し、
調和と静寂は安定したジャンプを生む」ヤマトは息を呑む。
「……精神が、空間に影響するんですか?」
「そうだ。ベガ文明は精神性が高いため、安定して扱える。
同等の技術を持っていたのは──リラ文明だけだ」その名を聞いた瞬間、
ヤマトの胸の奥で何かが微かに震えた。
アリオンはヤマトの反応を見て、静かに言った。
「これから、もう少し深く説明しよう。
精神融合を再度試みる」アリオンが再び指先をヤマトの額に触れる。
視界が白く染まり、
ヤマトの中の“リラ遺伝子”がさらに開いた。今度は講義ではなく、
宇宙の構造そのものが映像として展開した。アリオンの声が、白い空間に響く。
「物質は光速を超えて移動できない。
これはアインシュタインの特殊相対性理論の基本原則だ」宇宙の光速壁が映像として現れる。
「だからこそ、我々は“物質を加速する”のではなく、
空間そのものを操作する方向に進化した」空間が折り畳まれ、
星々が近づく映像が流れる。「Bubble Space Jump Warp は、
君たちが言うカーデシェフ・スケールで例えると、
タイプIV航法に分類される」映像が分岐し、複数の航法が並ぶ。
「物理的 warp bubble(Type II〜III)
意識によるメルカバ操作(Type IV)
この組み合わせは、この銀河系には、我々以外は存在しない」ヤマトは息を呑む。
「この領域に近い文明は──
ベガ文明、リラ文明、アルクトゥルス文明だけだ」
アリオンの声が静かに続く。
「《ルミナス》が銀河最速なのは、理由がある」
映像が船体の構造を映し出す。
「メルカバの精度が高い。
操縦者の精神性が極めて高い。
船体が“空間の歪み”に最適化されている。
推進力ではなく“空間の弾性”を利用する。
エネルギー消費が極小」アリオンは結論を告げる。
「つまり──物理的な速度ではなく、空間そのものを跳ぶから最速なのだ」
最後に、メルカバの全体像が映し出される。
「メルカバは、ベガ文明を築く存在そのものだ」
光が集まり、巨大な立体が形成される。
「エネルギーコア:空間弾性エネルギーを引き出す。
空間操作エンジン:warp bubble を生成し、空間を折り畳む。
意識制御装置:操縦者の精神状態が航行に直結する。
多次元ナビゲーション:次元座標を選択し、位相を安定化する」アリオンは静かに締めくくった。
「メルカバとは──宇宙を動かす万華鏡だ」
白い空間がゆっくりと閉じ、ヤマトは現実へ戻った。
《ルミナス》はすでに、光の泡の中を跳躍し続けていた。
つづく