目覚めの時
メキシコ・ユカタン半島北部。
石灰岩台地の地下深くに広がる巨大な空洞が、20年前の探査で偶然発見された。当時の地質調査チームは、セノーテ(陥没穴)の分布を解析するために、
地中レーダーと重力異常データを照合していた。その際、自然地形では説明できない“完全な円形の空洞”が検出されたのだ。
掘削の結果、現れたのは石灰岩ではなく、
地球上に存在しない結晶構造を持つ未知の素材で構成された巨大な空間だった。地下の内部には、都市のような構造物が広がっていた。
国連のジオグラフィック機構に国際遺跡発掘調査団が組織され、
地下都市の調査が行われることになった。だが、20年間の調査でも、都市は沈黙したままだった。
電磁反応も、熱源も、機械的振動も検出されない。
“荒廃した地下都市”と呼ばれるようになっていた。
とある深夜、周辺の地震計が周期性のある微弱振動を検出した。
自然地震とは異なる、人工的な周波数パターン。
振動源は、地下都市の中心部——
国際遺跡発掘調査団が、“コア・セクション”と呼ぶ領域だった。同時に、都市内部の一部が光を放ち始めた。
未知素材の壁面が、内部から励起されるように発光し、
遺跡都市全体が低周波の電磁波を放射し始めた。「……エネルギーコアが起動した?」
調査隊の主任物理学者が、震える声で呟いた。
地下都市の中心部にある巨大な円形構造物——
20年間、ただの“オブジェ”と考えられていたそれが、脈動するように光を放ち始めたのだ。
地下都市の奥部へ進むと、これまで閉ざされていた隔壁が自動的に開いた。
内部には、明らかに制御中枢と思われる空間が広がっていた。
壁面には、立体映像装置と思われる装置が並び、
その一つが自動的に起動した。空中に、異星文明のホログラムが投影される。
それは人型にも見えたが、骨格構造は地球生物とは一致しない。
皮膚のようなものはなく、光の粒子が形を構成している。
ホログラムの周囲には、古代文字のような記号列が浮かび上がっていた。
調査団長のジェームズ・ピースハート博士は、
その文字を見た瞬間、目を見開いた。「……これは、日本の“神代文字”に酷似している」
団長は、すぐに衛星通信を開き、
東京にいる知人の考古学者、手塚耕造博士へ連絡を送った。「手塚博士、この文字を解読できるか?
今すぐ、メキシコへ来てくれないか」地下都市は、20年の沈黙を破り、誰かを呼ぶように光り始めていた。
日本・東京、冬の夜露がが深々と冷え、
大学キャンパスには、ほとんど人影を失っていた。研究棟の一室だけが、深夜にもかかわらず明かりを灯している。
古代文明研究室、扉を開けると、
紙の匂いと電子機器の微かな熱が混じり合った空気が漂っていた。「……来たか、ヤマト君」
手塚耕造教授は、机に広げた資料から目を離さずに言った。
その声には、いつもの穏やかさとは違う緊張が滲んでいる。
「こんな時間に呼び出して、どうしたんですか?」
ヤマトが問いかけると、
教授は無言でタブレットPCを渡して、画像を見せた。その画面には、メキシコの地下都市で撮影された
古代文字のホログラム映像の静止画が映し出されていた。「……これは」
ヤマトの脳裏に、
「目覚めよ」という声が聞こえた。「ピースハート団長から送られてきた。
地下都市のコントロール・ルームで発見された文字だ」ヤマトは画面を凝視した。
その形状、筆致、構造——見覚えがある。
「神代文字……に、似ている?」
「似ているどころではない。これは“体系”として成立している。
そして、地球の歴史では説明できない一致率だ」
と手塚教授は言った。教授は椅子から立ち上がり、ヤマトの肩に手を置いた。
「私の代わりに、メキシコへ行ってほしい。
君がこの文字を解析するのだ」「……僕が、ですか?」
とヤマトは驚きを隠せなかった。「そうだ。おそらく、これは、地球文明の根幹を揺るがす発見になる。
そして——」教授は一瞬だけ言葉を切り、ヤマトを見つめた。
「私は、君が行くべき“理由”がある気がしてならない」
ヤマトは返す言葉を失った。
胸の奥が、説明できないざわつきで満たされていく。
高城ヤマトは、飛行機の窓に額を寄せたまま、
遠ざかっていく日本列島の灯をぼんやりと眺めていた。研究室にこもり、古代文字の解析に没頭する日々。
その延長線上に、海外の遺跡調査などあるはずがなかった。
だが——ピースクラフト団長から送られてきた写真画像を見た瞬間、
胸の奥がざわついた。「メキシコで……“神代文字に似た刻印”が見つかった?」
最初は冗談だと思った。
だが、あの文字列は確かに“呼んでいた”。
——誰かが呼んでいる。
また、ヤマトの脳裏に「目覚めよ」という声が聞こえた。
ヤマトは深く息を吸い、機内の薄暗い空気を肺に満たした。
「……行くしかないか」
自分でも驚くほど静かな声だった。
窓の外では、夜の雲がゆっくりと流れていく。
その向こうに広がる闇のどこかで、
地球の地下都市は今も脈動を続けている。まるで——彼の到着を待っているかのように。
ジャングルを抜け、石灰岩の大地を進むと、
巨大なテント群と機材が並ぶ発掘現場が姿を現した。その中心で、白衣姿の男がこちらに気づき、手を挙げた。
ジェームズ・ピースハート博士、
調査団の団長であり、医師団のリーダーである。
そして、エミリーの父でもある。ヤマトの父・ムサシとは、世界中の遺跡を共に巡った親友同士だった。
「よく来てくれた、ヤマト君」
団長は、懐かしさと期待が入り混じった目で、ヤマトを見つめた。
そして、声を潜めて尋ねる。
「……あれは、持ってきたかね?」
ヤマトは頷き、スーツケースを開けた。
内部には、厳重に梱包された黒いケースが収められている。
ケースを開くと、
淡い光を帯びた球体——
Gemini Core(双子意識反応炉)と後に呼ばれる
エネルギー発生モジュールが姿を現した。富士山麓の地下遺構で、手塚教授と共に発見した謎の装置である。
地球のどの文明にも属さない、異質な構造体をしている。
団長は目を細め、静かに言った。
「……間違いない。これで、都市の“心臓”にアクセスできる」
団長は振り返り、遺跡の奥を指し示した。
「よし、行こう」
ヤマトは装置を慎重に持ち上げ、短く答えた。
「はい」
その瞬間、地下深くで眠っていた都市の脈動が、
まるで彼らの到着を察したかのように、微かに強まった。物語は、静かに次の段階へ進み始めていた。
地下深くに広がる巨大都市の中心部——
そこは、まるで宇宙船の内部を思わせる未来的な空間だった。壁面には未知の素材で構成されたパネルが並び、
その一部は、先ほどから微かに脈動する光を放っている。まるで、都市そのものが呼吸しているかのようだった。
団長が、中央の円形装置を指し示した。
「ヤマト君。ここに、そのモジュールをセットしてもらえないか」
ヤマトは頷き、スーツケースから
慎重にエネルギー・モジュール(Gemini Core)を取り出した。淡い光を帯びた球体は、まるで生き物のように脈動している。
「……本当に、これでいいんですね?」
「そうだ。そこにセットできるはずだ」
ヤマトは息を整え、そっと、装置の中央にコアをはめ込んだ。
——その瞬間。
耳の奥で、あの声が響いた。
「……目覚めよ」
ヤマトは思わず振り返った。
誰もいない。だが、確かに聞こえた。
次の瞬間、コアが強烈な光を放ち、
コントロール・ルーム全体が震え始めた。「な、なんだこれは……!」
エミリーが壁に手をつき、揺れに耐える。
床下から低い振動音が響き、都市全体が巨大なエンジンのように唸りを上げる。
地下都市を動かすエンジンが起動した。
未知のエネルギーが都市の内部を走り抜け、壁面の光が一斉に明滅し始めた。
「まさか……都市そのものが動いているのか!?」
団長が叫ぶ。
地鳴りがさらに強くなり、天井の岩盤が砕け、光が差し込んだ。
地下都市が——ゆっくりと地上へ浮上していく。
その時だった。
ヤマトの胸元で、父の形見である 勾玉のペンダントが強烈な光を放った。
「ヤマト!?それ……!」
エミリーが驚愕の声を上げる。勾玉の光は、まるで都市の脈動と同期するように明滅し、
次第にヤマトの全身を包み込んでいった。「ま、待て……ヤマト君、その光は——!」
団長が駆け寄ろうとした瞬間、ヤマトの身体が透け始めた。
「え……?」
自分の手が光に溶けていくのを見て、ヤマトは息を呑んだ。
——呼ばれている。
あの声が、再び響く。
「目覚めの時だ」
光が弾けた。
エミリーが叫ぶ。
「ヤマト!!」
だが、その声が届く前に——ヤマトの姿は完全に消えた。
残されたのは、静かに脈動を続ける地下都市の光だけだった。
つづく