空間文明の種族ベガ
太陽は、スクリーンの向こうで静かに揺れていた。
その光は、地球で見たどんな朝日よりも遠く、どこか冷たかった。
ヤマトは、ベガ高速船ルミナスのブリッジ中央に立ち、
胸の奥がざわつくのを抑えきれずにいた。「準備は整った。最初のジャンプは一光年だ」
アリオン隊長の声は、深い湖の底から響くように静かだった。
その落ち着きが、逆にヤマトの緊張を際立たせる。
航行技術士カイが振り返り、軽く笑う。
「大丈夫。最初は誰でも波形が乱れるからさ」
レイラ副長が、そっと肩に触れる。
その手は温かく、呼吸を整えるように優しい。
「恐れなくていいわ。あなたの意識は、もう宇宙に触れ始めている」
ヤマトは小さくうなずいた。
心臓が早鐘を打つ。
だが、逃げたいとは思わなかった。
アリオンが目を閉じる。
「では──空間を開く」
前方スクリーンが淡い光に満たされ、
光は揺らぎ、層を成し、呼吸するように脈動した。世界が多層化する。
色、形、距離──すべてが重なり、ほどけ、また重なる。
胸の奥が引き伸ばされるような感覚。
思考が波紋のように広がり、世界が遠ざかる。
「……っ!」
カイのナビゲーション・モニタに赤い線が走る。
「波形が跳ねた! ヤマト、意識を一点に集中して!」
レイラが静かに囁く。
「大丈夫。空間はあなたを拒まないわ」
アリオンの声が、深い静寂の中で響く。
「空間は移動しない。
我々が、空間を迎えに行くのだ」次の瞬間──
太陽系は光の粒となって後方へ流れ去った。ヤマトは息を呑む。
前方のスクリーンには、見たことのない星々が広がっていた。
「……これが、太陽系の外側……」
アリオンが静かに目を開ける。
「ようこそ、宇宙へ。
ここから先は、地球の常識では測れない世界だ」
ジャンプの余韻がまだ身体に残っていた。
ヤマトは深く息を吐き、胸の奥のざわつきを確かめる。
レイラが微笑む。
「少し休みましょう。船内の生活についても案内するわ」
ブリッジを出ると、廊下は存在しなかった。
代わりに、淡い光が揺らぎ、空間が静かに形を変えていく。
「……部屋が、生まれてる……?」
「ええ。あなたの状態に合わせて、最適な休息空間を生成しているの」
空間は柔らかな光の部屋へと変わり、
ベッドのようなものが自然に形を成す。「ベガ人は、固定された空間を持たないの。
必要なときに、必要なだけ。
無駄を生まないことが、私たちの文明の基本よ」ヤマトはその言葉を噛みしめた。
地球の“部屋”という概念が、急に古く感じられた。
休息を終え、再びブリッジへ戻る。
「次のジャンプに入る。
ヤマト、意識を一点に集めることを忘れないように」アリオンの声は静かだが、確かな導きがあった。
カイが笑う。
「いいね、その波形。さっきよりずっと安定してるよ」
レイラが補足する。
「あなたは順応が早いわ。
宇宙は、恐れるより“感じる”ものよ」2回目のジャンプ。
ヤマトは、先ほどよりも宇宙に馴染んでいた。
休憩後、空間が静かに変形し、
巨大なホログラムが浮かぶ“講義室”が生成される。宇宙文明史研究官ミラ・サフィールが、静かに語り始める。
「ベガ文明は、空間を“固定された箱”とは考えません。
空間は意識の延長であり、
必要に応じて形を変える“流体”のようなものです」「空間が……流体?」
「ええ。あなたたち地球人が“移動”と呼ぶ行為も、
本来は空間の再配置にすぎません」ミラの声は静かで、どこか祈りのようだった。
「私たちは、空間を押し広げたり、折り畳んだりして、
自分たちの意識に合わせて世界を調整します。
だから、部屋も、廊下も、固定の建築も必要ないのです」ヤマトは息を呑む。
地球文明の“物質中心の世界観”が、音を立てて崩れていく。
講義が終わると、空間が深い青と金の光に包まれた
“監視室”のような空間へと変わる。保安主任・干渉リスク監査官のエルン・フェルディアが、静かに語り始める。
「地球に介入しないのは、我々の倫理の根幹だ。
文明は、自らの意志で成長しなければならない」「でも……あなたたちなら、地球をもっと良くできるんじゃ……?」
エルンは首を振る。
「それは“救済”ではなく“支配”だ。
文明の成長は、痛みと選択の積み重ねでしか得られない。
我々が介入すれば、その未来を奪うことになる」ヤマトは言葉を失う。
「ただし──」
エルンは続ける。
「観測し、必要なときに“扉を開く”ことはある。
君が今ここにいるように」その言葉は、ヤマトの胸に深く刺さった。
自分は“選ばれた”のではなく、
“扉を開く側に立つ存在”として見られている──。つづく