謎の美少女 前編
ダイダロスゼノン号が地球へ向かって航行している、その遥か後方。
宇宙の闇の中を、一つの謎の物体が静かに飛行していた。
その速度は異常なほど速く、通常の宇宙航行体とは明らかに違っていた。
しかし、その存在は、ダイダロスゼノン号のレーダー探知範囲の外にあった。
そのため――
誰一人として、その存在に気づく者はいなかった。
それはまるで、彼らを密かに追跡しているかのようだった。
火星を出発して数時間後。
ダイダロスゼノン号の前方に、青い星がゆっくりと姿を現した。
地球。
太陽の光を受けて輝くその姿は、まるで宇宙に浮かぶ宝石のようだった。
艦橋の窓からその光景を見つめながら、ハヤトが呟いた。
「いつ見ても……地球はきれいだな」
その言葉に、隣に立っていたシルビアが小さくうなずいた。
「そうね……」
彼女の瞳にも、青い星が映っていた。
その瞬間、彼女はふと、自分の故郷の星を思い出した。
惑星アルマーズ。
かつては、地球と同じように美しい星だった。
緑の大地。
澄んだ海。
そして、穏やかな人々の暮らし。
しかし今、その星は戦火に包まれている。
荒廃した都市。
破壊された文明。
その現実を思い出した瞬間、胸の奥に痛みが広がった。
シルビアは何かを言いかけたが――
結局、言葉を飲み込んだ。
ダイダロスゼノン号は大気圏へ突入した。
機体の外壁が大気との摩擦で赤く輝く。
やがて、機体は減速し、成層圏へと降下していった。
宇宙から見ていた地球は、あまりにも美しかった。
だが、地上が近づくにつれ、別の光景が見えてきた。
破壊された都市。
崩れ落ちた高層ビル。
焼け跡の残る大地。
先の銀河大戦の傷跡が、まだ地球のあちこちに残っていた。
それでも同時に――
復興の光景も見えていた。
建設用ロボットが瓦礫を片付け、新しい建物が次々と建てられている。
人々は、再び未来を築こうとしていた。
ハヤトが静かに言った。
「地球の復興も、だいぶ進んでいるみたいだな」
シルビアは小さく微笑んだ。
「あなたに会う前の私は……」
「この戦いが、こんな形で終わるなんて思っていなかった」
彼女は遠くを見つめながら続けた。
「異なる種族が、互いに理解し合えるなんて」
「そんなこと、想像もできなかった」
ハヤトは肩をすくめた。
「それは、君だって同じじゃないか?」
「君も俺たちと一緒に戦ってきた」
シルビアは少し照れたように笑った。
「そうね……」
その時、ガイアが言った。
「私もキャプテンと同じ気持ちです」
シルビアはガイアを見つめた。
「ありがとう、ガイア」
しかし、その瞬間、彼女は小さな違和感を覚えた。
――今のガイア、少し違う?
以前のガイアは、もっと論理的な発言しかしなかった。
だが、今の彼は、どこか感情的だった。
それも、そのはずだった。
ガイアの体内には、ハイデビロンの技術によって、
《エモーショナルチップ回路》が組み込まれていたのだ。それは、メフィストスが、ハヤトたちへの友情の証として施した改修だった。
ハヤトが操縦席で言った。
「これから、北アメリカ大陸のパシフィック連邦軍宇宙港へ入港する」
ガイアが答える。
「了解しました、キャプテン」
彼は、すぐに管制塔へ通信を送った。
「こちら、銀河連邦軍所属・特務隊スターフォース」
「識別コード確認、およびドック入港許可を願います」
数秒後、通信が返ってきた。
「確認しました」
「第17ゲートより入港してください」
「了解」
巨大な宇宙港のドックが、ゆっくりと開いた。
ダイダロスゼノン号は、ゆっくりと内部へ進入していった。
入港後、ハヤトたちは女性兵士に案内され、作戦司令室へ向かった。
扉を開けると、そこに一人の人物が立っていた。
白衣姿の老人。
「やあ、ハヤト君」
ジンダイジ博士だった。
ハヤトは思わず笑顔になった。
「ジンダイジ博士!」
「お久しぶりです」
「どうしてここに?」
博士は楽しそうに笑った。
「クロッペンシュタイン博士から連絡をもらってね」
「君たちが、ここへ来ると聞いたので、待っていたんだ」
ハヤトはうなずいた。
「なるほど」
ジンダイジ博士はシルビアを見た。
「シルビア君」
「ハヤト君を随分助けてくれたそうだね」
「感謝するよ」
シルビアは慌てて首を振った。
「いえ……私は何も」
その時、ハヤトが本題を切り出した。
「博士」
「我々は、ハイデビロン人の少女を迎えに来ました」
「彼女は、どこに?」
博士は、少し意外そうな顔をした。
「ああ、彼女なら、ここにはいない」
ハヤトが驚く。
「いない……?」
博士は笑った。
「彼女は軍人じゃないからね」
「自宅にいると思う」
「自宅……?」
ハヤトたちは、すぐに出発した。
目的地は、宇宙港から車で約二時間の場所にあるマンションだった。
夕暮れの街を車が走る。
やがて、目的の建物に到着した。
シルビアがインターフォンを押す。
数秒後、少女の声が聞こえた。
「はい、どなたですか?」
シルビアは優しく言った。
「メアリー」
「私よ、シルビア」
その瞬間、声が弾んだ。
「シルビア様!?」
「ちょっと待ってください!」
慌てた足音が聞こえる。
やがて、ドアが開いた。
そこに立っていたのは――
一人の少女だった。
金色の長いストレートヘア。
透き通るような白い肌。
淡い水色の水玉模様のワンピース。
どこにでもいそうな、普通の地球の少女の姿。
だが、その瞳には、どこか不思議な輝きがあった。
彼女の名前は、メアリー・グッドウィル。
地球の民間人で、17歳の女子高生だった。
かつて、彼女は隕石落下事故に巻き込まれ、半身不随となった。
意識も失い、植物状態になっていた。
その時――
ハイデビロン人の少女エレーナが、彼女の体内へ寄生した。
だが、エレーナは戦いを望む存在ではなかった。
彼女は、静かに暮らすことを望んでいた。
だからこそ、メアリーの体を借りて、ひっそりと地球で生きてきたのだ。
シルビアがハイデビロン帝国の地球前線基地にいた頃、彼女を発見した。
そして、気づいた。
この少女にも、自分と同じ――
歌うたいの才能があることを。
だから、シルビアは、彼女を巫女としてスカウトしたことがあった。
シルビアとメアリーは、再会の喜びに抱き合った。
だが――
シルビアの胸には、複雑な感情があった。
今回の任務は、彼女を新しいメンバーとして迎えること。
そして――
戦場へ連れていくことだった。
だが、シルビアは知っている。
メアリーは、戦いを望む性格ではない。
それなのに、なぜ彼女は、この任務を引き受けたのか。
その理由が、シルビアには、まだ分からなかった。
メアリーは、優しく微笑んでいた。
だが、その微笑みの奥にある本当の思いを、
まだ、誰も知らなかった。
つづく