つかの間の休息
帝王キング・バアルとの激戦から数日後。
火星軌道上に建設された銀河連邦軍基地は、久しぶりに静かな時間を取り戻していた。
無数の艦船が停泊する巨大ドックの外では、赤い火星の地平線がゆっくりと流れている。
戦いの余韻を残したまま、基地はどこか重い空気に包まれていた。
ハヤトたちもまた、長い戦いの疲れを癒すため、この基地に滞在していた。
しかし、それは本当に、つかの間の休息にすぎなかった。
その頃、遠く離れたハイデビロン帝国の首都バビロニアでは、
銀河の歴史を大きく変える出来事が起きていた。銀河連邦とハイデビロン帝国の間で、正式な和平条約が締結されたのである。
長く続いた戦争は、ひとまず終結した。
ハイデビロン帝国は形式上「ハイデビロン首長国」と改名し、
コロニー首長国連合へ加盟することとなった。ただし、その体制は銀河連邦の厳重な監視下に置かれる。
そして、新生国家の初代首長には――ディアマンテスが就任することになった。
だが、銀河に真の平和が訪れたわけではない。
帝王キング・バアルは滅びものの、
彼に従っていた軍勢は完全に消滅したわけではなかった。各銀河では、今なお残党勢力が暗躍し、惑星侵略を続けている。
戦争の火種は、まだ銀河のあちこちに残されていた。
そのため、銀河連邦では、新たな作戦が計画されていた。
それは――シルビアの母星、惑星アルマーズ救援作戦である。
このミッションを遂行するため、ハヤト、シルビア、ガイアのスターフォースチームに加え、
新型宇宙戦艦アグライア号に乗艦する新たなメンバーが招集されることになった。目的地は、ペガサス銀河。
それは、未知と危険に満ちた、新たな戦場であった。
基地の展望デッキ――
巨大な窓の向こうには、赤い火星が静かに輝いている。
ハヤトとシルビアは、その景色を並んで眺めていた。
ハヤトは静かに口を開いた。
「シルビア。俺が、お前の惑星へ行く」
その言葉に、シルビアは驚いたように振り向いた。
「ハヤト、それは無理よ」
彼女は首を横に振る。
「帝王キング・バアルが消滅しても、私の惑星では、まだ戦いが続いているの。
残党勢力が暴れているわ」シルビアの表情には、複雑な思いが浮かんでいた。
「そんな危険な場所に、あなた一人で行くなんて……」
ハヤトは黙っていた。
だが、その目には、決意の光が宿っていた。
その時だった。
背後から、低く落ち着いた声が響いた。
「ハヤト。相変わらずだな」
二人が振り向くと、そこに立っていたのは――ディアマンテスだった。
ハヤトは目を見開く。
「ディアマンテスか? 久しぶりだな」
そして、少し首をかしげる。
「それより、どうしてここに?」
ディアマンテスは肩をすくめた。
「なんだ、聞いていなかったのか?」
そして、静かに言う。
「私は新生ハイデビロン首長国の首長を務めることになった」
ハヤトは少し驚いたような表情を浮かべたが、すぐに笑った。
「そういうことか。おめでとう」
ディアマンテスは片眉を上げる。
「ん? 意外か?」
「いや、そういうことじゃない」
「そうか。まあいい」
ディアマンテスは短く笑うと、話題を変えた。
「それよりも、お前たちは行くのか?」
ハヤトは即答した。
「ああ。そのつもりだ」
その瞬間だった。
ディアマンテスは突然、ハヤトの腕を掴んだ。
そして、シルビアから少し離れると、彼の耳元で小声でささやいた。
「ならば……」
その声には、どこか父親のような響きがあった。
「姪のシルビアのことを、よろしく頼む」
ハヤトは一瞬驚いたが、すぐにうなずいた。
「ああ」
その様子を不思議そうに見ていたシルビアが、首を傾げる。
「ディアマンテス、何を話しているの?」
彼女は少し頬を膨らませて問い詰めた。
しかし、ディアマンテスは、わざとらしく肩をすくめた。
「いや、たいしたことではない」
それ以上は語ろうとしない。
シルビアが、さらに追及しようとした、その時――
基地内に、突然サイレンが鳴り響いた。
甲高い警報音が廊下に反響する。
「緊急警報?」
ハヤトとシルビアは顔を見合わせた。
二人はすぐに走り出した。
ディアマンテスをその場に残し、司令室へ向かう。
しかし――
司令室のドアを開いた瞬間、二人は思わず足を止めた。
中では誰も慌てていない。
将校たちは落ち着いた様子で話し合いをしている。
アンナ司令官も腕を組み、何かを議論していた。
ハヤトは困惑した。
「何が起きているんだ……?」
その時、司令室に見慣れない人物がいることに気づいた。
その人物は銀河連邦軍のグラハム中将と話をしていたが、
ハヤトたちに気づくとゆっくりと歩み寄ってきた。ハヤトの目が大きく見開かれる。
そこにいたのは――
かつて、ハイデビロン帝国最強の艦隊を率いていた男。
メフィストス将軍だった。
しかし、今の彼の制服は、ハイデビロン軍のものではない。
銀河連邦軍の将官服だった。
メフィストスは静かに言った。
「久しぶりだな、ハヤト」
そして、続ける。
「本日付で、私は銀河連邦軍准将――提督に就任した」
その言葉に、司令室の空気がわずかに揺れた。
それは、平和を取り戻したばかりの銀河に――
何か新しい動きが始まろうとしていることを示していた。
それは果たして、真の平和への第一歩なのか。
それとも――
新たなる銀河大戦の幕開けなのか。
宇宙は、まだ静かではなかった。
つづく