それぞれの思惑
激戦の余韻は、まだダイダロス号の艦内に残っていた。
ハイデビロン帝国艦隊との戦闘で、ハヤトは禁断のリミッターを外し、
必殺技デストラクションフラッシュを放った。その直後、彼は力尽きるように倒れ、シルビアの腕の中で意識を失った。
シルビアとデスパンドラは、すぐにハヤトを医務室へ運び込んだ。
ダイダロス号の医務室には、最新鋭の医療システムが備えられている。
中央には透明な治療用カプセルベッドが設置され、
その周囲にはホログラムドクターが常時待機していた。コンピュータが生成する医師の立体映像であり、
銀河連邦軍病院の医療ネットワークと接続されているため、遠隔治療も可能である。このシステムによって、ハヤトには完全な治療が施された。
だが、彼は二日間、まったく目を覚まさなかった。
そして三日目――
治療カプセルの光が静かに弱まり、ハヤトはゆっくりと目を開いた。
体を起こそうとした彼を見て、傍らにいたシルビアが慌てて声をかけた。
「ハヤト、もう大丈夫なの? まだ、寝てなきゃ……」
ハヤトは軽く笑みを浮かべた。
「大丈夫だ。シルビア、心配かけたな」
「ハヤト、無理しないで」
そう言って、シルビアはハヤトの肩をそっと押し、再びベッドへ横たえさせた。
しばらくして、ハヤトは天井を見上げながら静かに尋ねた。
「シルビア、俺は、どのくらいここに寝ていたんだ?」
シルビアは答える。
「今日で3日目よ。ずっと意識が戻らなくて……」
その瞬間、シルビアの胸に張り詰めていた緊張の糸がほどけた。
ずっと泣くまいと堪えていた感情が溢れ、頬を一粒の涙が伝い落ちる。
その様子を見て、デスパンドラが静かに言った。
「シルビア様は、ハヤト殿を心配して、ずっと看病しておられましたから……
きっと、緊張の糸がほぐれたのでしょう……」ハヤトは申し訳なさそうに頭をかいた。
「みんな、心配かけてすまない。もう大丈夫だ」
医務室には、ようやく安堵の空気が広がった。
そのとき、艦内通信が鳴った。
ガイアから医務室へのコールだった。
「キャプテン、クロッペンシュタイン博士からの伝言です」
続いてメッセージが再生される。
【伝言:ハヤトくんへ、今後、リミッターを外す事を禁止する。
君の命に危険が及ぶからだ。】「以上です」
ガイアの報告を聞き終え、ハヤトは苦笑した。
「博士、それは分かっていてやった事だ。俺は、あれでよかったと思っている。
俺は、もう、大切な仲間を失いたくない……」その声には、揺るぎない決意がこもっていた。
ハイデビロン帝国との戦争は、銀河各地のコロニー国家に深刻な被害を与えていた。
疲弊した国々の中には、ある考えを抱く者も現れ始めていた。
――ハイデビロン帝国に従った方が、生き延びられるのではないか。
12コロニーある中の一つ、コロニーNo.8スコルピオン首長国の首長も、
そう考える者の1人である。元々、スコルピオン首長国は、アラムーン一族によって建てられた独裁国家であった。
その執務室では、重苦しい空気が漂っていた。
巨大な椅子にふんぞり返って座る男――
髭を生やし、鋭い目つきをした中年の男。この国の首長、サトリ・アラムーンである。
彼はスコルピオン首長国の支配者であると同時に、
宇宙神秘教というカルト集団の教主という裏の顔も持っていた。その前に立っているのは、若い秘書官だった。
アラムーン首長が低く言う。
「このまま戦っていても、スコルピオンを維持していくことは不可能だ。
我が国の経済力は、長期戦ができる程に強くない。
それに、もし銀河連邦軍が負けたら、どうなるか……」秘書官は必死に食い下がった。
「ですが、首長、我々は、今まで長い間ハイビロン帝国に、
一部支配され苦しめられてきたんですよ。
それなのに……国民には、どのように申し上げるおつもりですか?」首長は机を叩いた。
「そんな事を考えてる余裕はない!」
秘書官は、なおも言う。
「ですが、国民の中には、家族を殺された者も大勢います」
「ええい、そんな下らん事は、お前が気にする必要はない。
お前は、ただ、私の言うとおりにすればいいのだ」秘書官は言葉を失った。
「……」
やがて首長は苛立ったように手を振った。
「もういい。下がれ」
秘書官は深く頭を下げ、執務室を後にした。
長い廊下を歩きながら、彼は不安を押し殺すように呟いた。
「首長は、敵に取り入るとは……何をお考えなのか? このままでは……この国は……」
ふと何かを思いつき、足を止める。
「そ、そうだ。コロニー首長国連合に相談してみよう」
そう言うと、彼は通路を駆け出していった。
この報告は、やがてコロニー首長国連合の議長を通じて、
銀河連邦軍へと伝えられることになる。――スターフォースへの応援要請として。
その報告を受けたダイダロス号のブリッジでは、デスパンドラが怒りをあらわにした。
「なんて、身勝手な国だ! あなた達は、今までこんな奴らを守ってきたのか?」
ハヤトは苦笑した。
「だけど、こんな奴らばっかりじゃないんだぜ」
シルビアも静かに言った。
「そうよ、デスパンドラ、いい人も大勢いるわ」
デスパンドラは納得できない様子だった。
「しかし……」
ハヤトは落ち着いた声で言った。
「今は、戦いで、誰も怖くて仕方が無いんだ。何かに縋っていないと……」
デスパンドラはしばらく黙り込み、やがて静かに尋ねた。
「ハヤト殿は、それで平気なのか?」
ハヤトは迷わず答えた。
「ああ」
その瞳には、揺るぎない覚悟が宿っていた。
そのころ――
遠く離れたハイビロン帝国では、新たな作戦が静かに動き始めていた。
銀河の運命を揺るがす陰謀が、ゆっくりとその姿を現そうとしていた。
つづく