魅惑の歌声
ハイデビロン帝国侵略要塞。
静まり返った司令室。
神官シルビアは、虚空を見つめながら言った。
「……人間は、感情によって支配される」
アルトゥール将軍がひざまずく。
「はい」
「欲望ではなく、“共鳴”を利用する」
その瞳には、かつての冷酷な光と、わずかな揺らぎが同居していた。
「音波精神干渉兵器《セイレーン・プロトコル》を起動せよ」
アルトゥールは一瞬だけ驚いた。
「よろしいのですか?」
「問題ない。これは……実験でもある」
何の実験か。
それを、彼女自身も明確に言語化できていなかった。
「はっ」
将軍は退出した。
数時間後。
トーキョーシティ中心街。
高層ビルの谷間に、透き通る歌声が響く。
アカペラ。
伴奏なし。
だが、その声は空気を震わせ、周囲の神経活動を直接刺激していた。
これは音楽ではない。
量子変調された精神干渉波。
聴覚から大脳辺縁系へ侵入し、感情回路を強制開放する。
通行人が足を止める。
目が潤む。
恍惚の表情。
やがて、力なく倒れていく。
脳波は異常な同調状態。
自我は深層へ沈降。
都市のあちこちで、同様の事例が発生していた。
スターフォース。
緊急出動。
ハヤト、ダイスケ、トミー、リサの四人は私服で潜入していた。
「ったく……どうなってるんだ?」
トミーが苦笑する。
「美しい女性か……気になるわね」
「トミー、真面目に」
リサの声には苛立ちが混じる。
ダイスケが冷静に分析する。
「被害者の脳波は同一パターンだ。音源が鍵だな」
ハヤトは無言だった。
嫌な予感がしていた。
胸の奥がざわつく。
やがて、彼らは発生源に辿り着く。
ビルの広場。
一人の女性が立っている。
長い髪が風に揺れる。
澄み切った声。
その声を聞くだけで、胸が締め付けられる。
トミーが口笛を吹く。
「ヒュー! 超絶美人じゃん?」
ダイスケが遮る。
「耳を塞げ!直接聞くな!」
四人は即座にノイズキャンセラーを起動。
だが、ハヤトだけは動けなかった。
「……あの女は」
リサが振り向く。
「どうしたの?」
ハヤトの声は低い。
「あの女は、敵の異星人だ」
空気が凍る。
「俺は会っている」
観覧車。
夕焼け。
記憶を失っていた彼女。
「シルビアだ」
リサの瞳が揺れる。
「じゃあ……あの時の……?」
「ああ」
トミーが頭を抱える。
「マジかよ。敵さん助けたのか?」
ハヤトは拳を握る。
「結果的には、そうだ」
だが、リサは言い切る。
「彼女は敵。それ以外の何者でもないわ」
その言葉は、ハヤトに向けた刃でもあった。
その時。
歌が、わずかに変調する。
高周波数帯に微弱な位相ずれ。
ダイスケが叫ぶ。
「来るぞ!」
周囲のビル壁面が割れ、隠されていたドローン型機械兵が出現。
これは罠。
歌声は誘導装置。
ハヤトの中で、何かが切れる。
彼は突然、走り出した。
「ハヤト!」
リサの声が背後から飛ぶ。
だが止まらない。
視界には彼女しか映らない。
シルビア。
歌い続ける神官。
だがその表情は――
どこか苦しげだった。
ハヤトは彼女の前に立つ。
歌が一瞬止まる。
視線が交差する。
「やめろ!」
彼の声が広場に響く。
シルビアの瞳が揺れる。
「……なぜ来た」
「これ以上、人を傷つけるな!」
彼女の内部で二つの命令系統が衝突する。
帝国の使命。
そして――
夕焼けの記憶。
再び歌声が響く。
だが、先ほどより不安定だ。
アルトゥールの遠隔通信が入る。
《出力が不安定です。神官様、感情ノイズが混入しています》
シルビアは目を閉じる。
「私は……帝国の神官」
だが、声が震える。
ハヤトが叫ぶ。
「お前は、それだけじゃないだろ!」
その瞬間。
精神干渉波が暴走する。
空間が歪む。
機械兵が一斉に攻撃態勢に入る。
リサとダイスケが応戦。
トミーが援護射撃。
だが、中心にいる二人は動かない。
「……ハヤト」
初めて、彼女が名前を呼ぶ。
それは兵器の音ではなかった。
人間の声だった。
遠方で、帝国側が出力遮断。
歌が途切れる。
シルビアの姿は転送光に包まれ、消えた。
残されたのは、沈黙と倒れた人々。
ハヤトは立ち尽くす。
リサが近づく。
「……危険すぎるわ」
その声は怒りではなく、恐れだった。
ハヤトは空を見上げる。
彼女は敵だ。
だが。
あの瞬間、歌は揺らいだ。
彼女もまた、迷っている。
戦いは、単純ではなくなった。
音楽は兵器となり。
感情は戦場となる。
銀河大戦は、新たな局面へ入ろうとしていた。
つづく