ハヤトの苦悩
あの瞬間が、何度も脳裏に蘇る。
観覧車の頂上。
夕陽に染まるトーキョー。
頭を押さえ、苦しむ彼女。そして――
「シルビア様、探しましたよ」
機械獣の影。
振り返った彼女の瞳。
ハヤトは、あの瞳を忘れられなかった。
敵のそれではなかった。
迷いの色だった。
スターフォース旗艦・ブリーフィングルーム。
アンナ艦長が状況報告を終える。
「以上で会議を終わります」
椅子の音が一斉に鳴る。
しかし、ハヤトは動かない。
リサが眉をひそめる。
「ねえ……ねえったら、ハヤト」
「ん? なんか言った?」
「……私の説明、まったく聞いてなかったでしょ?」
「あ、ごめん。ちょっと考え事してて」
リサは小さくため息をつく。
「最近ずっとそうよ」
ハヤトは視線を逸らす。
自分でも分かっていた。
集中力が落ちている。
戦闘シミュレーションの反応速度も、わずかに低下していた。
原因は明白だった。
“シルビア”。
敵。
侵略者。
それでも――
記憶を失っていた彼女は、確かに普通の少女だった。
笑い、戸惑い、景色に感動していた。
あれは演技ではない。
そう、思いたい自分がいる。
トミーが肩を叩く。
「どうしたんだい、今日は?」
ニヤリと笑う。
「はは~ん。好きな子でもできたか?」
「ち、違う!」
反射的に否定する。
だが否定の速さが、逆に怪しい。
トミーは笑う。
「おっ、やっぱり女がらみか?」
「だから違うって!」
ハヤトは立ち上がる。
苛立ちを隠せない。
「……あの女は、敵だ」
言葉にすると、胸が痛む。
トミーは、その表情を見て、笑いを引っ込めた。
「……そっか」
ハヤトは部屋を出る。
残されたリサは、ドアをじっと見つめる。
「トミー……」
「悪い。ちょっとからかいすぎた」
リサは小さく呟く。
「ハヤト、あんな顔する人じゃなかったのに……」
彼女の胸にも、別の感情が芽生えていた。
不安。
嫉妬。
そして、戦士としての危機感。
敵に情を抱くことは、命取りになる。
一方。
ハイデビロン帝国侵略要塞。
暗く重厚な司令室。
シルビアは一人、玉座の前で沈黙していた。
外部モニターには、地球各地のデータが映し出されている。
だが、彼女の視線は、どこにも焦点を結んでいない。
内部診断プログラムは異常値を示している。
感情波形の乱れ。
判断アルゴリズムの遅延。
“人間接触後遺症”。
アルトゥール将軍が低く問う。
「シルビア様は、いかがされたのだ?」
コバルディーナ将軍が答える。
「行方不明の間、人間と共にいたとの報告があります」
シュルキーレフ将軍が鼻で笑う。
「所詮は女……ということか」
空気が凍る。
コバルディーナが鋭く制す。
「軽率な発言は控えよ。帝王キングバアル様のお耳に入れば、命はないぞ」
帝王キングバアル。
絶対支配者。
恐怖による秩序の頂点。
アルトゥールは低く言う。
「今は一日でも早く、スターフォースを排除することが最優先」
コバルディーナが頷く。
「今回の作戦は、シルビア様には報告せず、我々のみで実行する」
「よろしいか?」
「異議なし」
決定は静かに下された。
神官シルビアの知らぬところで。
帝国は、彼女を中枢から外そうとしていた。
司令室の奥。
シルビアは微かに胸を押さえる。
記憶は戻っている。
使命も理解している。
だが。
観覧車から見た夕焼け。
朝食の匂い。
「困ってる人を助けるのは当然だろ?」
その言葉が消えない。
帝国では、損得なく他者を助けるという概念は存在しない。
あれは、何だったのか。
弱さか。
進化か。
彼女の内部で、何かが変わり始めている。
それを帝国が察知すれば――
処分。
あるいは再調整。
それでも。
シルビアは初めて、自分自身に問いかけていた。
「私は……何者なのだ?」
地球。
夜の格納庫。
ハヤトはフェニックスファイターを見上げる。
「俺は、迷ってるのか?」
敵は倒す。
それが使命。
だが。
もし彼女が、心を持っているなら。
もし彼女が、選べる存在なら。
「戦うしか、ないのか……」
その迷いは、やがて大きな波紋を呼ぶ。
スターフォースの中枢に。
ハイデビロン帝国の権力構造に。
そして――
銀河規模の戦争の行方に。
苦悩は、弱さか。
それとも、新たな力の兆しか。
戦いは、次の局面へと動き出そうとしていた。
つづく