シルビア
ハイデビロン帝国神官――シルビア。
精神侵略作戦の立案者であり、心理戦の天才。
だが、彼女は焦っていた。
パラダイス作戦は理論上、完璧だった。
人間の欲望を増幅し、依存と堕落へ導く計画。それを、スターフォースは打ち破った。
「なぜだ……」
彼女は単身、ヒノモト皇国トーキョーシティへ潜入していた。
任務は観察。
人間という種の、本質の解明。
巨大ドーム会場。
数万人の観衆が、一人のアイドル歌手に熱狂している。
光の海。
揺れるペンライト。
同調する歓声。
シルビアは最上段から、その様子を冷静に分析していた。
「歌は本来、兵の士気を統率するための波動装置」
だが、目の前の光景は違う。
これは支配ではない。
共鳴。
歌声が観客の心を震わせ、観客の感情が歌手へと返る。
双方向のエネルギー循環。
「……これは」
胸の奥が熱くなる。
理論では説明できない高揚感。
「これが……エクスタシー?」
彼女は初めて、自らの感情の揺らぎを自覚した。
その帰り道。
街の雑踏の中で、偶然すれ違った二人。
ハヤトとリサ。
「明日は国防省の説明会だろ?」
「量産型超重戦闘マシン計画ね」
その言葉を、シルビアは聞き逃さなかった。
即座に計画変更。
変装し、国防省へ潜入する。
会議室では、新型量産機の設計思想が議論されていた。
“防衛のための力”
その思想に、わずかな違和感を覚える。
だが警報が鳴り響く。
異物侵入検知。
シルビアは撤退を余儀なくされた。
その日の夜。
崖の上。
風に吹かれながら、彼女は考えていた。
コンサートの熱狂。
人間の笑顔。
防衛計画。
胸の奥に残るざわめき。
思考回路が不安定化する。
感情抑制フィールドが乱れる。
「これは……故障か……?」
視界が揺らぐ。
足を滑らせる。
崖を転落。
意識が闇に沈んだ。
エンジン音。
ハヤトはバイクを止めた。
「……誰かいる?」
倒れている女性。
外傷は軽いが、意識が朦朧としている。
「大丈夫ですか?」
ゆっくりと瞼が開く。
「……私は……?」
記憶障害。
衝撃による一時的なニューロリンク断絶。
だが、それは、帝国神官としての記憶だけを切り離していた。
ハヤトは彼女を自宅へ連れ帰る。
「困ってる人を助けるのは当然だろ?」
翌朝。
台所の匂い。
「病は食からって、言うしな」
シルビアは戸惑う。
見返りを求めない行為。
帝国には存在しない概念。
数日間。
ハヤトは彼女を街へ連れ出す。
公園。
商店街。
人々の笑顔。
「君の名前は?」
「……わからない」
観覧車に乗る。
街が一望できる。
夕陽に染まるトーキョーシティ。
その瞬間――
激しい頭痛。
断片的な映像。
侵略計画。
帝国。
自分の役割。
「うっ……!」
ベンチに座り込む。
その時。
空間が裂ける。
機械獣が出現。
アルトゥール将軍の声。
「シルビア様、探しましたよ」
ハヤトが凍りつく。
「……シルビア?」
脳内の封印が完全に解除される。
神官としての全記憶が戻る。
だが同時に――
ハヤトと過ごした数日間の記憶も、消えてはいなかった。
二つの人格が衝突する。
侵略者。
そして、名もなき一人の女性。
「アルトゥール……」
機械獣のハッチが開く。
「お戻りください。あなたは帝国の柱」
シルビアはハヤトを見る。
ほんの一瞬。
迷い。
「……」
何も言わず、機械獣に乗り込む。
ハヤトが叫ぶ。
「待て!どういうことだ!」
だが機械獣は離脱。
空へ消える。
残されたのは沈黙。
ハヤトは立ち尽くす。
敵は怪物だけではない。
同じ姿をし、同じ感情を持ち得る存在。
「俺たちは……何と戦っているんだ?」
宇宙の彼方。
帰還したシルビアは、司令室で無言だった。
だが、彼女の内部データには、異常値が記録されていた。
感情波形。
共鳴ログ。
“人間的躊躇”。
神官シルビア。
侵略者。
だが、その心には、確かに何かが芽生え始めていた。
それが裏切りか、進化か――
まだ誰にも分からない。
つづく