ホレブ山の大賢者
翡翠色の光が満ちる碧晶宮の大広間。
天井は星空のように輝き、柱は透き通る水晶でできている。
足音さえも澄んだ音色を響かせる神聖な空間の奥、玉座に座す一人の老人がいた。白銀の髭を胸まで垂らし、深い蒼の衣をまとった大賢者――メルキゼデク。
その瞳は、時の彼方を見つめているようだった。
「遠き銀河より来たりし者たちよ」
低く、しかし静かに響く声。
「ブラックホールを越え、運命の門をくぐりし四人の救世主よ」
ナオトたちは息を呑む。
「どうして、それを……」
メルキゼデクは、わずかに微笑んだ。
「星々は、すべてを記憶している」
従者カレブとヨシュアが、メルキゼデクの両脇に静かに控える。
メルキゼデクは続けた。
「汝らが探しているもの――古代兵器リバイアサン。
その正体を知りたいのだろう」ナオトは頷いた。
「それは、この世界を滅ぼした兵器じゃないんですか?」
老人はゆっくりと首を振る。
「違う」
その一言が、宮殿の空気を変えた。
「リバイアサンは兵器ではない。
それは“スターゲイザー”である。惑星間を時空移動するための装置だ」「時空移動……?」
メグミが息をのむ。
「古代文明オケアノスは、それによって星々を渡ろうとした。
だが――恐怖と誤解が文明を滅ぼした」オケアノス。
何万年も前、海底に沈んだ大陸国家。
足を踏み入れた者は、死ぬと恐れられている遺跡である。
「結界が張られているのだ。未熟な者が近づけば、命を奪われる」
メルキゼデクの瞳が鋭くなる。
「そして、スターゲイザーを起動できるのは、三大神官の聖杖のみ」
「その鍵を守るのが、三大神官の使命だ」ナオトたちは互いを見た。
ブラックホールを通過して得た特殊能力――
ナオト:希望の光《ウィシュ・ボーン》
メグミ:聖なる光《ホーリー・パワー》
アミカ:高貴の光《ノブレス・ルージュ》そして――
キョースケ:支配者の威光《ハード・コントローラ》「能力は鏡だ」
メルキゼデクが静かに告げる。
「自由を得る希望にもなれば、支配の闇にもなる」
その瞬間。
老人の表情が、わずかに曇った。
「……封印が、解かれた」
空気が凍る。
「何がですか?」
「幻影魔女メハシェファ」
宮殿の光がわずかに揺らぐ。
「古代人が命を賭して封印した存在。
邪心の幻影。この世を破滅へ導く者」ナオトの胸がざわつく。
「誰が……」
「支配の光を持つ者だ」
その言葉に、ナオトはキョースケの顔を思い浮かべた。
――その頃。
古代遺跡オケアノス。
夜の宴の火が揺らめく中、黒曜石の棺が低く唸った。
キョースケが、何気なく手を触れた瞬間、空間が歪む。
封印紋がひび割れ、崩れ落ちる。
棺が開いた。
中から現れたのは――
十五歳ほどの少女。長い黒髪、透き通る白い肌、深淵のような瞳。
兵士たちが凍りつく。
だが、少女はキョースケだけを見つめた。
本来ならば、彼女は封印を解いた者を精神侵食し、支配する存在。
しかし、キョースケの中の特殊能力が、無意識に発動した。
《ハード・コントローラ》
空気が重くなる。
兵士たちが膝をつく。
遠くで控えていたマルデューク帝国軍のインセクターたちが、
一斉に触角を伏せた。彼らは、群体意識種族。
上位存在の精神波に絶対服従する本能を持つ。
ブラックホールを通過し、変質したキョースケの精神波は――
彼らにとって“女王波長”と同質だった。
だから従う。
恐怖ではない。
本能。
少女の瞳が、一瞬だけ見開かれる。
彼女は理解した。
この少年は、支配する側。
自分が、本来立つはずの頂点にいる存在。
ゆっくりと、少女は跪いた。
「……あなたが、わたしの主」
キョースケは口元を歪める。
「面白い。お前、名前は?」
「メハシェファ」
その声は甘く、底知れない闇を孕んでいる。
「俺に従うか?」
「はい、主」
だが、その微笑みの奥に、無数の滅びた世界の残像が揺らいでいた。
キョースケは気づかない。
彼は支配している。
だが、同時に破滅の中心へと歩き出している。
碧晶宮。
メルキゼデクは静かに目を閉じる。
「光は四つ。だが均衡が崩れれば、世界は裂ける」
ナオトは拳を握った。
「俺たちは、世界を守るために、この能力を使う」
希望の光が、かすかに輝く。
その遠くで。
支配の光が、強く、鋭く燃え上がっていた。
希望(光)と支配(闇)。
二つの道が、いま完全に分かれた。
つづく