聖殿到着
古代遺跡の最深部。
永い歳月を閉じ込めた石の回廊は、冷たい空気を湛え、
壁面には意味を失った古代文字が浮かび上がっていた。
青白い燐光が、広間の中央に安置された巨大な棺を照らしている。そこに封じられているのは――古代人が命を賭して封印した“魔女”。
キョースケは棺の前に立ち、腕を組んだ。
「なかなか開かないな……よし、叩き壊すか。お前、やれ」
命じられた兵士は顔を引きつらせる。
「無理です。びくともしません。まるで山そのものです」
棺は黒曜石のような光沢を放ち、表面には複雑な封印紋が刻まれている。
剣も槍も通さず、鉄槌で打てば逆に火花が散った。「じゃあ、次はダイナマイトで爆破してみよう」
女王が思わず眉をひそめる。
「……この神聖な場所で?」
「開けばいいんだろ、開けば」
しかし、爆炎が遺跡の天井を揺らしても、棺は黒く静かにそこに在り続けた。
焦げ跡一つ残らない。キョースケは顎に手を当て、しばらく考え込む。
「んー、だめか。さて、どうしたものかな」
そして唐突に言った。
「しかたない。今日はここで寝泊まりするぞ」
「え? ここで?」
女王の声が、石壁に反響する。
「せっかく古代遺跡まで来たんだ。宴の用意だ」
「は? ……なぜに?」
キョースケは、にやりと笑った。
「キャンプだよ。どうせ棺は、逃げやしない」
緊張に包まれていた広間に、奇妙な緩みが生まれる。
女王はため息をつきながらも、どこか楽しげに呟いた。
「……なるほど。さすが、キョースケ殿だ」
魔女の眠る棺の前で、兵士たちは火を囲み、酒を酌み交わす。
不気味な静寂と人の笑い声が交差する夜が、遺跡に降りていった。棺の表面の封印紋が、ほんの一瞬だけ、淡く脈打ったことに――
誰も気づかなかった。
一方その頃。
ナオトたちは、ホレブ山の中腹を歩いていた。
目指すは、大賢者の住まうとされる幻籠洞碧晶宮。
霧が立ちこめ、岩肌は翡翠色の光を帯びている。
だが、どれだけ歩いても景色は変わらなかった。「ずいぶん歩いたようだけど、まだ着かないの?」
メグミが疲れた声を上げる。
「もうそろそろ着いてもいいはずなんですが……」
セラフィムも困惑している。
「また同じところ、ぐるぐる回ってるとか?」
アミカが半ば本気で言う。
「それはない。方角は正しい」
冷静に断言するデュミナス。
「じゃあ、どうして……?」
ウリエルが空を見上げた。
ナオトは肩をすくめる。
「まあ、いずれ着くよ」
「無責任な……」
メグミとアミカの声が重なる。
「セラフィムさん、なんとかならないの?」
「私も初めてなので……」
イシュタルが静かに言った。
「ナオト樣たちの特殊な能力で探せませんか?」
「あ、なるほど……やってみるか」
ナオトは目を閉じ、意識を研ぎ澄ます。
だが、感覚は霧のように拡散し、核心を掴めない。「……だめだ」
「私たちも無理だわ」
そのとき、アミカがぱっと顔を上げた。
「あ、そうだ。三人の力を合わせてみましょう」
ナオトは微笑む。
「なるほど。さすが、アミカちゃん」
三人は手を重ねた。
心を開き、力を重ねる。
光が指先から溢れ、空間そのものが揺らいだ。
――景色が、剥がれる。
霧が裂け、岩壁が透け、その奥に真の姿が現れる。
翡翠と水晶で築かれた幻想の宮殿。
光を反射する柱が林立し、空気そのものが澄み渡っている。「……あれが」
セラフィムが息を呑む。
「大賢者樣の住む、碧晶宮です」
「結界……だったのね」
イシュタルが静かに呟く。
そのとき、宮殿の階段から一人の少年が歩み寄ってきた。
年の頃は、イシュタルと同じくらい。
透き通るような瞳を持つ、落ち着いた雰囲気の少年だった。「ようこそ、いらっしゃいました」
穏やかな声。
「大賢者樣がお待ちです。僕は弟子のカレブと申します」
ナオトは目を細める。
「どうして、俺たちが来ることを?」
カレブは微笑んだ。
「師匠は、何でも御存じなのです」
その言葉は誇張ではなく、ただの事実のように響いた。
ナオトたちは互いに視線を交わし、そして頷く。
運命の扉は、静かに開かれたのだ。
翡翠の宮殿の中へと足を踏み入れると、空気が変わる。
そこは、世界の理そのものが宿る場所のようだった。彼らはまだ知らない。
この邂逅が、遠い銀河の運命すら揺るがすことを。
つづく