幻の一角獣
嵐の去った森は、まだ湿った息をしていた。
濡れた苔が光り、川は増水し、白い霧がゆるやかに漂っている。
ナオト、イシュタル、アミカ、デュミナスの四人は、
ルンディーナ姫を救うため、聖獣ユニコーンを探して森を進んでいた。「ユニコーンって、どこにいるの?」
アミカが周囲を見渡す。
「極めて知能が高く、清き心にしか姿を現しません」
デュミナスが静かに答える。
「水辺に現れることが多いと言われています」
「待ってる時間はないわね」
「ええ。急ぎましょう」
そのとき。
「あ、川だ!」
木々の合間から、陽光を反射する清流が見えた。
だが――
「イシュタル、待って」
ナオトが足を止める。
川辺の対岸に、異様な影があった。
「インセクター……」
装甲の光沢。蠢く触肢。
「キョースケもいるわ」
アミカが目を細める。
さらに、その奥には――
「宇宙船……?」
森の中に、似つかわしくない金属質の船体が、半ば隠れている。
「彼らの要塞ではありません」
デュミナスが低く言う。
「おそらく、別の勢力……あるいは、あの遺跡に関係する何か」
緊張が走る。
そのときだった。
かすかな鳴き声。
高く、透き通るような音。
まるで、心に直接触れてくるような。
「……呼んでる」
アミカが呟いた。
「え?」
「向こうよ」
迷いなく、森の奥へと進む。
倒木の陰。
そこに、白銀の獣がいた。
月光のような毛並み。
額には、ねじれた純白の角。だが、その身体は、大木の下敷きになっていた。
「ユニコーン……!」
ナオトとアミカは駆け寄り、必死に木をどかす。
傷口から、淡く光る血が滲んでいる。
「大丈夫よ」
アミカは救急パックを取り出し、丁寧に手当てを施した。
そのとき。
声が響いた。
『ア・リ・ガ・ト・ウ』
アミカの胸の奥で、言葉が形になる。
「……今、しゃべった?」
「何も聞こえないけど?」
ナオトが首を傾げる。
その瞬間。
森の奥から、もう一頭のユニコーンが現れた。
ひときわ大きく、気高い姿。
「……親子なんだ」
アミカの背に、淡い白紫(パープル)の光が広がる。
まるで、蝶の羽のように揺らめく光。
『息子を助けてくれてありがとう』
母ユニコーンの声が、はっきりと心に響く。
「え……そ、そんな……」
アミカは頬を赤らめた。
『あなたは、森の声を聞く者』
子ユニコーンが、嬉しそうに跳ねる。
ナオトは驚いていた。
「アミカ……話してるのか?」
「ええ。人の姿に見えるわ。お母さんと男の子」
光がさらに強くなる。
森の精霊たちがざわめき、葉が震える。
『これは礼です』
母ユニコーンは、自らの角を静かに折った。
角は光を放ち、アミカの手の中へと収まる。
「え……いいの?」
『角は再び生える。しかし――』
母の瞳が、穏やかに細められる。
『これで我らは、人の言葉を話せなくなる』
アミカの胸が締めつけられる。
「……ごめんなさい」
『いいえ。命を救うために使われるなら、それは祝福』
親子は、光の粒となって森へ溶けていった。
静寂。
ナオトが、ゆっくり言う。
「アミカって、すごいんだな」
アミカは角を握りしめた。
「違うわ。あの子を助けたから……それだけ」
だが、その背の光は、確かに“覚醒”を示していた。
洞窟へ戻る。
セラフィムは角を受け取り、慎重に削り、薬草と調合した。
聖なる蒸気が立ちのぼる。
ルンディーナ姫に薬を飲ませる。
しばしの沈黙。
やがて――
「……イシュタル?」
姫が、ゆっくりと目を開けた。
「お姉ちゃん!」
熱は下がっていた。
頬に、健康な色が戻っている。
安堵の空気が広がる。
ナオトは洞窟の外を見る。
遠く、空がわずかに紫に歪んでいた。
それは、雷雲ではない。
まるで、虚空そのものが、裂けかけているかのような。
キョースケの踏み込んだ“封印”が、確実に何かを揺らしている。
光は集まりつつあった。
だが、同時に闇もまた、目覚めつつあった。
つづく