虚空の雷鳴
森のさらに奥、黒くねじれた古木に囲まれた地に、石造りの遺構がそびえていた。
それは半ば地中に埋もれ、蔦と苔に覆われながらも、なお禍々しい威圧を放っている。
古代文明オケアノスの遺構――
そして、その奥に封じられたという伝説の魔人。キョースケはその前に立っていた。
「ここか……」
歪んだ石扉に刻まれた封印紋を見上げる。
「キョースケ殿、本当に復活させるおつもりで?」
ゴールデンバウム女王が不安げに言う。
「当然だ」
キョースケは口元を吊り上げた。
「俺は、この世界の神になる。
そのためなら、悪魔でも魔人でも、何でも利用する」「さすがはキョースケ殿……!」
「さあ、ぶち壊せ」
インセクター軍団の大砲が火を噴いた。
轟音。
封印扉が粉砕され、内部から冷たい風が吹き出す。
それは、まるで虚空が息を吐いたかのようだった。
キョースケは躊躇なく、闇の中へ足を踏み入れた。
一方その頃。
ルンディーナ姫を救出したナオトたちは、ホレブ山を目指して森を進んでいた。
大賢者メルキゼデクの住まうという幻籠洞碧晶宮――
そこへ辿り着けば、古代文明とこの世界の真実に近づけるはずだった。だが。
――ガァアアアアア!!
森を裂くような咆哮が響いた。
「な、何なの今の!?」
メグミが身をすくめる。
「猛獣か魔獣でしょう」
セラフィムが周囲を警戒する。
その直後だった。
空が裂けた。
閃光。
轟雷。虚空そのものが震え、雷鳴が幾重にも重なって森を揺らす。
「きゃあああ!!」
叩きつけるような豪雨が降り始めた。
ほんの一瞬で、道は濁流に変わる。「この森の気候は予測不能です!」
デュミナスが叫ぶ。
「とにかく雨宿りだ!」
ナオトが周囲を見渡す。
「あそこに洞窟がある!」
ウリエルが指差した。
「走るぞ!」
その時だった。
ナオトは、ルンディーナ姫の足取りが、ふらついているのに気づく。
「姫……?」
頬が赤い。呼吸が荒い。
「熱が……」
森の激しい寒暖差。長時間の移動。疲労。
ナオトは迷わず上着を脱ぎ、姫に掛けた。
「失礼します」
そのまま姫を背負い、雨の中を駆ける。
洞窟へ滑り込むように入り込んだ。
内部には、誰かが使った形跡があった。
薪が転がっている。「火を」
ウリエルが掌をかざし、炎の法力で焚き火を灯す。
橙(オレンジ)の光が、冷え切った空間を包んだ。
ナオトは、姫を毛布代わりの布の上に寝かせる。
セラフィムが癒しの法術を施すが――
「……下がりません」
姫の熱は、むしろ上がっていく。
「これは、呪いではありません。
おそらく、未知の病……ウィルスです」「治す方法は?」
ナオトが即座に問う。
「薬草を調合します。しかし……」
「しかし?」
「ユニコーンの角が必要なのです」
洞窟内が静まり返る。
「一角獣の角は万病を癒すと伝えられています。
しかし、極めて稀少……聖獣ゆえ、簡単には姿を現しません」ナオトは即答した。
「雨が止んだら、俺が探してくる」
「ナオト様、私も行きます!」
イシュタルが前に出る。
「私も」
アミカが腕を組む。
「動物の扱いなら任せて」
「私は姫を看るわ」
メグミが静かに言った。
セラフィムが頷く。
「では私は薬草を集め、準備を整えます。
デュミナス、ナオト殿を支えてください」「承知しました」
やがて、雷鳴は遠ざかり、雨は次第に止んでいった。
森は、嵐の後の不気味な静寂に包まれる。
ナオトは洞窟の出口に立ち、振り返った。
炎の灯りに照らされる姫の顔。
「必ず、戻る」
そして、外へ踏み出す。
その瞬間――
遠く、森の奥で再び雷が鳴った。それは、天の雷ではない。
虚空そのものが軋むような、重く低い震動。
まるで、何かが目覚めようとしているかのようだった。
ナオトは、まだ知らない。
その雷鳴が、キョースケの踏み込んだ“封印の奥”と響き合っていることを。
光と闇は、同時に動き出していた。
つづく