眠れる森の美女
森は、なおも彼らを試すかのようだった。
進めど進めど、同じ景色が繰り返される。
曲がり角のはずが直線に戻り、目印にした木も、気づけば背後に立っている。「……変ね」
メグミが立ち止まり、周囲を見回した。
「どうなってるの? この森……」
「迷路みたいだわ」
アミカが眉をひそめる。「意志を持って、私たちを彷徨わせてる」
「道を探すのは無理か……」
ナオトがそう呟いたとき、デュミナスが一歩前に出た。「ナオト様。私は、風と雲の流れで方角を読むことができます」
「なるほど……」
ナオトは頷いた。
「じゃあ、道じゃなくて、空を見る。
森に惑わされず、世界の流れに従って進もう」その判断は正しかった。
デュミナスの導きのもと、彼らは一定の方向を保って歩き続けた。
やがて、森の空気が微かに変わる。「あ……」
アミカが声を潜める。木々の根元に、小さな影が立っていた。
「小人……?」
背丈は子供ほど。長い帽子を被り、丸い目でこちらを見ている。
「……おとぎ話みたい」
メグミが思わず微笑む。
「森の精かもしれません」
セラフィムが静かに言った。小人は、何も語らず、くるりと背を向けた。
そして、確かめるように一度だけ振り返る。「……誘ってるな」
ナオトがそう言うと、メグミとアミカは顔を見合わせた。
「はいはい、また始まった」
「こういうの、断らないタイプだもんね」小人は歩き出し、彼らは後を追った。
やがて辿り着いたのは、森の奥に口を開けた洞窟だった。
中へ入ると、そこには不思議な光景が広がっていた。洞窟の奥に、小さな家。
その中に、さらに十一人の小人たちが集っていた。彼らは言葉を発することなく、ナオトを手招きする。
導かれるまま進むと、白いベールに包まれた寝台があった。
その上に、ひとりの女性が横たわっている。
「……お姉ちゃん……」
イシュタルの声が震えた。
「お姉ちゃんだ……!」
「じゃあ……この人が、姫……?」
ナオトが息を呑む。
ルンディーナ姫は、
まるで眠りそのものになったかのように、穏やかな表情で横たわっていた。「眠ってるだけみたいね……」
メグミが一歩近づく。
「私の力、試してみる」
彼女の手に、あの淡い光が宿る。
そっと姫にかざすが――何も起こらない。「……だめ」
「やっぱり、違う魔法なのね」
アミカが呟く。「姫は、深い眠りの呪いを受けておられるのでしょう」
セラフィムは静かに首を振った。「……そういえば」
アミカがふと思い出したように言う。「昔、読んだおとぎ話……王子様のキスで、姫が目覚める話」
その視線が、ゆっくりナオトに向いた。
「……え?」
「王子様?」
「オレが?」メグミとアミカが同時に吹き出す。
「なんで、俺なんだよ……!」
ナオトは抗議したが、セラフィムが深く頭を下げた。
「ナオト様。お願いいたします」
「……はあ……」
ナオトは覚悟を決め、姫のもとへ歩み寄った。
そっと、その手を握る。
その瞬間――
ナオトの手から、温かな光が溢れ出した。
淡い黄色に、柔らかな橙を帯びた光。それは、鼓動とともに脈打ち、姫の胸元へと広がる。
――ぱちり。
閉じていた瞼が、ゆっくりと開いた。
「……イシュタル……?」
「お姉ちゃん!!」
イシュタルが駆け寄り、姫は微笑んだ。
「……あなたが……?」
「この方が、姫を目覚めさせてくださいました」
セラフィムが告げる。
「……ありがとう」
「い、いや……えへへ……」
照れたナオトが手を離そうとしないのを見て、メグミが睨んだ。
「……いつまで握ってるの?」
「い、いててて!」
その騒ぎの中、ふと気づく。
「……あれ? 小人たちは?」
洞窟の中には、もう誰もいなかった。
「森の精ですから……役目を終えて、消えたのでしょう」
セラフィムが言った。「きっと、姫を守っていたのですね」
ルンディーナ姫は、静かに頷いた。
「……私は、ずっと守られていたのですね。この森に」
こうして、姫は無事に救出された。
妖魔の森
――それは、ただ恐ろしいだけの場所ではなかった。邪悪とともに、聖なるものもまた、確かに息づいていた。
そしてナオトとメグミは、この森で知ることになる。
自分たちの中に芽生えつつある、新たな光の力を。
つづく