ファンタジー小説 銀河漂流記

銀河漂流記 第11話

魑魅魍魎、跋扈する森

妖魔の森へ足を踏み入れた瞬間、空気が変わった。
湿り気を帯びた冷たい風が、皮膚ではなく、心の奥を撫でるように吹き抜けていく。

木々は異様に背が高く、枝葉は空を覆い隠していた。
光は差し込んでいるはずなのに、どこか薄暗く輪郭が曖昧だ。

ナオトは無意識に拳を握った。
――おかしい。

振り返ると、仲間たちの様子もどこか違っていた。
足取りは重く、視線は定まらず、まるでそれぞれが別の場所を見ているかのようだった。

「……ん?」

アミカが足を止めた。

「どうした?」
とナオトが声をかけるより早く、
彼女は周囲を見回し、困惑したように呟いた。

「ここ……私の家?」

ありえない、と首を振る。
しかし、その瞬間、アミカの意識は現実から引き剥がされた。

――あなたは、いつも賢いのね。
――私の自慢の娘よ。

柔らかな声。懐かしい温もり。
だが、次の瞬間、その声は歪み始める。

――でもね、あの子、頭がいいからって、ちょっとムカつくわよね。
――何なのよ、あの子。
――嫌な子。

称賛と嫉妬、期待と拒絶。
子供の頃、気づかぬふりをしてきた感情の棘が、次々と心に突き刺さる。

「……やめて……」

アミカは頭を抱え、その場に崩れ落ちた。

「いやぁぁっ!!」

「アミカ!」

メグミが駆け寄り、彼女の肩を掴む。

「大丈夫!? 私よ、メグミ!」

アミカは荒い息のまま、ゆっくりと顔を上げた。

「あ……あなたは……平気なの?」

「私は……大丈夫みたい。でも、他のみんな……」

見渡すと、ナオトたちも皆、立ったまま虚ろな表情をしている。
何かを見つめ、何かに囚われている。

「これ……精神に直接作用してる……」

アミカは震える声で言った。「この森、心を映して……縛る……」

メグミは一瞬、黙り込んだ。
そして、静かに頷く。

「……わかった。私がやる」

「え?」

アミカが目を見開いた瞬間、メグミの手が淡く光り始めた。
白に、わずかに桃色を含んだ、温かな光。

「……あなた、手が……」

「本当だ……何これ」

不思議そうに見つめながらも、メグミは躊躇しなかった。

「まあ、いいわ」

彼女はナオトの前に立ち、そっと手をかざす。

「ナオト、起きて」

光が胸元に触れた瞬間、ナオトの身体がびくりと震え、目に焦点が戻った。

「……メグミ?」

同じように、光が広がり、仲間たちが次々と正気を取り戻していく。

メグミが両手を掲げると、光はさらに強まり、彼女の全身を包み込んだ。
それは祈りのようであり、祝福のようでもあった。

森に満ちていた重苦しい気配が、音もなく霧散していく。

「……すごい……」

イシュタルが息を呑む。

「この地では、我らの法術すら通じぬというのに……」

セラフィムは驚愕を隠せなかった。

「これが、妖魔の森……」

「でも……どうして、私が……」

戸惑うメグミに、ナオトは静かに言った。

「はっきりしたことは言えない。
でも、俺たち……ブラックホールを通ったとき、何か変わったんだと思う」

アミカも頷く。

「キョースケ……あの人も、気づいてるかもしれない……」

その名を口にした瞬間だった。

――ザザ……ザザザ……

木々の間から、異様な羽音が響く。

「……来たか」

現れたのは、インセクター軍団。
そして、その中央に立つ男。

「またお前たちか」

キョースケは、楽しげに口角を上げた。

「ここで何をしてる?」とナオト。

「探しものだ。お前たちには関係ない」

キョースケは一瞬、視線を逸らし、背後を振り返る。

「なあ、ゴールデンバウム。何か俺に隠してるか?」

「いいえ」

女王は冷ややかに答えた。
「姫は捕らえた後すぐ脱走しました。今は帝国にはおりません」

「この森で迷って……野垂れ死に、でしょうね」

キョースケは肩をすくめ、笑った。

「残念だったな、ナオト」

そして背を向ける。

「じゃあな。忙しいんでね」

「待て!」

ナオトの叫びも虚しく、インセクター軍団は森の奥へ消えていった。

沈黙が戻る。

「あいつ……この森で、平気だった……」
ナオトは呟く。

「でも、姫がこの森にいる可能性は高いわね」
メグミが言う。

「じゃあ……まずは、お姫様を探しましょう」

アミカは、もう迷っていなかった。

「大賢者様の件は、その後で」

「目的は同じです」

セラフィムが静かに頷く。

こうして一行は、妖魔の森のさらに奥へと進むことを決めた。

魑魅魍魎が跋扈するこの森のどこかに、ひとりの姫が、助けを待っている――。

つづく

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