変人とバーベキュー
天空の神殿は、雲を突き抜けるほどの高台にそびえていた。
だが、ナオトたちが訪れたとき、その宮殿はひどく静まり返っていた。「不在……ですか」
サムエルは困ったように眉を寄せた。神殿の巫女によれば、
三大神官最後の一人――天空の神殿の管理者・デュミナスは、
数か月前から放浪の旅に出ており、帰還の目処は立っていないという。「しかたないね」
ナオトは軽く肩をすくめた。
「街で聞き込みしながら探そう」一行は神殿を後にし、麓の街へと向かった。
街の様子は、どこか荒んでいた。
壊れた家屋、やせ細った人々、乾いた空気。「……ずいぶん、疲れた街ね」
メグミが小さく呟く。「数か月前に水害があり、その後は日照り続きだそうです」
サムエルは静かに説明した。
「ここはカザン民族自治区。革命軍の統治下にあり、王国も簡単には介入できません」「それって……」
ナオトは唇を噛んだ。
「助けを待ってるのに、誰にも届かないってことだよね」そのとき――
「……あっ」
イシュタルが声を上げた。通りの端、瓦礫の陰に、一人の女性が倒れていた。
「どこ?」
ナオトは即座に走り出した。「もう……」
メグミがため息をつく。
「大丈夫ですか?」
ナオトは膝をつき、そっと声をかけた。「はい……」
女性はかすかに笑った。
「少し……お腹が空いていただけです」「よかったら、一緒に食事しませんか?」
一瞬、沈黙。
「では……」
女性は真顔で言った。
「バーベキューが食べたいです」「……え?」
ナオトは固まった。
「いや、ここ、そんな状況じゃ……」「大丈夫です」
女性は立ち上がり、楽しそうに言った。
「まず、あのお店で小麦粉を」「小麦粉!?」
ナオトが受け取った瞬間、別の店で卵を割ってしまう。「おいおい!」
店主が叫ぶ。女性は小麦粉を差し出した。
「これで交換してください」「多すぎるよ」
そう言って、卵を2パック渡してくれた。さらに進むと――
病気の主人のために卵粥を作りたいという婦人。「では、これと薪を交換しましょう」
気づけば、手に残ったのは藁だけだった。
「……バーベキュー、どんどん遠ざかってない?」
ナオトが苦笑する。「今、持ってるの藁よ」
メグミが冷静に指摘する。
そのときだった。
「火事よ!」
イシュタルの声。納屋から炎が上がっていた。
「助けに行こう!」
ナオトが駆け出そうとすると、「まあ、少し待ちなされ」
女性が杖を取り出した。
「大空の精霊よ――我に力を」
次の瞬間、
乾ききっていた空から、静かに雨が降り始めた。炎は鎮まり、納屋は救われた。
だが、藁はすべて燃え尽きていた。「これを……」
女性は、残ったものをすべて差し出した。「ちょ、ちょっと!?」
メグミとアミカが声を揃える。ナオトは笑った。
「……面白い人だね。変わってるけど」サムエルが、はっとしたように女性を見る。
「もしや……お名前は?」
「デュミナスと申します」
「……やはり」
サムエルは深く頭を下げた。
「で、バーベキューは?」
ナオトが尋ねる。「心配いりません」
デュミナスは微笑んだ。
「私の家で用意してあります。
あなたがたが来るのを、待っていましたから」「えええ!?」
ナオトが目を丸くする。「最初から分かってたの?」
「いえ……最初は」
デュミナスは少しだけ目を伏せた。
「でも、こんな変人に、最後まで付き合ってくださったでしょう?」「……不思議だね」
ナオトは首をかいた。
「怒る気、しなかったんだ」二人は、自然と笑い合っていた。
たどり着いた先は、小さな家――
いや、そこは孤児院だった。「先生、お帰り!」
子供たちが駆け寄る。「ただいま」
デュミナスは優しく微笑む。
「今日はバーベキューですよ」「ここは……?」
ナオトが尋ねる。「水害で親を失った子供たちの家です」
メグミとアミカは顔を見合わせ、うなずいた。
「手伝うわ」「私は火を起こしましょう」
サムエルが袖をまくる。「お兄ちゃん、一緒に遊ぼう!」
子供たちがナオトの手を引いた。「……あれ?」
ナオトが困惑する。「ナオト様は子供に好かれますね」
イシュタルが微笑む。
「では、私たちも」夕暮れの中、
笑い声と、肉の焼ける匂いが広がった。世界はまだ、壊れている。
だが、この場所には、確かに温もりがあった。つづく