ふらり秘湯の旅
そのころ――
ナオトたちと袂を分かったキョースケは、マルデューク帝国軍に身を寄せ、女王ゴールデンバウムの玉座の間に立っていた。黄金の装飾に囲まれた広間で、二人の笑い声が不気味に反響する。
「これより、インセクター軍団の指揮はキョースケ殿に任せる」
「はっ。俺様に任せておけば、すべて思い通りだ」二人は顔を見合わせ、高らかに笑った。
その笑いは、惑星シオンに新たな災厄が訪れる合図でもあった。キョースケはすぐさま命を下し、インセクター軍団は水の都スパ・ユミズの水源
――山間の巨大なダムを封鎖した。
清らかな水を誇りとしてきた都は、瞬く間に渇きの影に包まれる。
一方その頃。
ナオト、メグミ、アミカ、そしてサムエルたちは、大地の神殿を預かる三大神官の一人――セラフィムを訪ね、水の都スパ・ユミズへと到着していた。「……ねえ、なんだか街の雰囲気、おかしくない?」
メグミが不安げに周囲を見回す。通りを行き交う人々の表情は暗く、噴水も水路も干上がっていた。
「何かあったのですか?」
サムエルが声をかけると、年老いた住民が重くうなずいた。「水源のダムが止められてしまってな……」
「そんなひどいこと、誰が……」
アミカが言いかけた、その時だった。空を覆う黒い影――
インセクター軍団が、街の上空に現れたのだ。「……あれは……」
ナオトが息をのむ。群れの前に進み出たのは、見覚えのある姿だった。
「そんなに水が欲しいか?」
嘲るような声。
キョースケだった。「水なら、ここに山ほどあるぜ。欲しけりゃ――売ってやってもいい」
女王ゴールデンバウムも姿を現し、満足げに頷く。
「見事だ。支配とはこういうものよ」「キョースケくん……?」
メグミが信じられないという表情で呟く。「どうして、あんなことを……」
「俺様は、この世界の神になるんだ」かつての仲間は、もう戻らない場所へ踏み込んでいた。
そして、街に火の手が上がった。
「水が欲しいだろう?」
キョースケの声が、炎の向こうから響く。
その瞬間――
大地が震えた。一人の女性が、静かに前へ進み出る。
流れるような衣をまとい、杖を携えたその姿は、まるで大地そのものの化身だった。「大地の精霊よ。我に力を」
杖が掲げられると、地面に亀裂が走り、清水が噴き上がる。
水は炎を呑み込み、街を救った。さらに轟音とともに地が揺れ、インセクター軍団は退却を余儀なくされる。
「……あれは……」
「セラフィムだよ」
イシュタルが誇らしげに言った。大地の神殿の管理者、三大神官の一人――セラフィム。
「サムエル様、お久しぶりです」
「変わらぬご活躍、何よりです」短い挨拶ののち、セラフィムは微笑んだ。
「詳しい話は、私の宮殿で」
案内された先は、山奥に佇む静かな館だった。
宮殿とも旅館ともつかぬ、和やかな趣の建物。「ここ……宮殿?」
「ええ。落ち着くでしょう?」セラフィムはそう言って、彼らをもてなした。
「まずは温泉で、旅の疲れを癒してくださいな」
「え、温泉!?」
メグミが思わず声を上げる。「たまには、いいんじゃない?」
アミカはくすりと笑った。
その後――
何も知らないナオトが浴場の戸を開けた瞬間、「あ……」
「きゃー!!」
乾いた音とともに、桶が飛んだ。
「……ごめん、完全に俺が悪い」
廊下に響く叫び声と笑い声。
緊張に張り詰めていた旅路に、久しぶりの人間らしい騒ぎが戻ってきた。セラフィムはその様子を見て、どこか懐かしそうに微笑む。
「こういう時間こそ、大切なのよ」
戦争の影が迫る中でも
――彼らは、ささやかな日常を取り戻していた。それが、未来を守る力になることを、まだ誰も知らなかった。
つづく