それぞれの事情
宮殿の大広間には、柔らかな音楽が満ちていた。
竪琴の調べに合わせ、歌姫たちの澄んだ声が天井に溶けていく。ナオトたちは、夢の中にいるような気分でその光景を眺めていた。
長い旅路を思わせる疲れも、ここでは不思議と和らいでいた。
「さあ、みなさん。遠慮なさらず、たくさん召し上がってくださいね」
エリザベス皇太后は、穏やかな笑みを浮かべて勧めた。
「こんなに親切にしていただいて……」
メグミは戸惑いながらも、深く頭を下げた。「ありがとうございます。本当に……」
その空気を、あえて壊すように、キョースケが口を開いた。
「……で、そろそろ本題に入ったらどうだ?」「おい、キョースケ」
ナオトが小声で制する。サムエルは、しばし沈黙した後、重々しく言った。
「率直に申し上げます」
「この国を――救っていただきたい」一瞬、音楽が遠のいたように感じられた。
「ど、どういうことですか?」
アミカの声が震える。エリザベスは静かに立ち上がり、彼らをまっすぐ見つめた。
「あなた方は、古の予言書に記された存在なのです」
「……えええっ!?」
メグミとアミカの声が重なる。「救世主、ってやつか?」
キョースケは肩をすくめた。ダリヨス王が、低く、しかし確かな声で告げる。
「マルデューク帝国に攫われた、この国の第一皇女を救ってほしい」
「……お姫様を?」
「ルンディーナ姫です」
ハマンが続ける。「先王ダリヨス二世陛下のご息女であり、その妹君が――」
「イシュタル様です」
イシュタルの肩が、小さく揺れた。
「兄である先王は、マルデューク帝国に殺されました」
ダリヨス王の拳が、わずかに震える。
「その時、姫は連れ去られたのです」
「なるほどな……」
キョースケは小さく笑った。「事情は分かった」
その笑みの奥に、誰も気づかなかった。
(……面白い)
キョースケの胸に浮かんだのは、使命感でも正義感でもない。
(この世界なら、俺は“上”に立てる)
現実の世界で感じていた閉塞感。
誰にも評価されない日々。
それらが、この瞬間、霧のように消えかけていた。「行こう」
ナオトが、あっさりと言った。「お姫様を助けに行こう」
「な、イシュタル。俺たちが絶対に助け出してみせる」「……うん」
イシュタルは涙をこらえ、必死に頷いた。「お姉ちゃんを……助けて」
「また、無責任な……!」
メグミとアミカが同時に声を上げたが、もう遅かった。こうして、旅は決まった。
――だが、その夜。
「……あれ?」
翌朝、アミカが顔を上げた。「キョースケがいないわ」
「逃げたんじゃないか?」
ナオトは冗談めかして言った。だが、真実は、さらに遠くにあった。
キョースケは夜の宮殿を抜け、宇宙船へ向かう途中で捕らえられていた。
そして今、異様な玉座の前に立っていた。
「お前が、インセクターを一撃で倒した者か」
マルデューク帝国の女王。
その瞳は、冷たく、深い。「ああ」
キョースケは恐れなかった。
「俺の力があれば、この星なんて簡単に支配できる」女王は、わずかに目を細めた。
「……私と同じだな」
「なら、話は早い」
キョースケは笑う。「俺がお前たちの“神”になってやる」
「手を貸してやるよ」その言葉は、静かに闇へと落ちていった。
一方、宮殿では――
「仕方ない」
ナオトは肩をすくめた。「俺たち三人で行こう」
「ナオト様」
サムエルが一歩前に出る。「私が護衛として同行いたします」
「私も行く!」
イシュタルが強く言った。「心強いですね」
ナオトは、どこか楽しそうに笑った。「まずは神官長デボラのもとへ向かいます」
サムエルは言った。こうして、三人と数名の護衛は、姫を救う旅へと出発した。
キョースケの姿は、そこになかった。
未知の敵。
迫る戦乱。
不安は確かにあった。だが、ナオトだけは――
まるで遠足にでも出かけるかのように、前を向いていた。その軽さが、やがて運命を大きく揺らすことになるとも知らずに。
つづく