SF小説 銀河世紀

銀河世紀 第8話

密約と檄

軍事政庁ノヴァ・カルタゴ。

遷都を終えたばかりの臨時帝都は、鉄と艦砲の匂いに満ちていた。

ソレン・カイロは、公式使節として到着した。

名目は――忠誠の確認。

実際は――査察。

そして、機会があれば排除。

ゲラシム・カストールという“怪物”を。

宮殿は、かつての帝都よりも粗野だった。

豪奢さよりも防御。

廊下には、重装兵が立ち並ぶ。

「用心深い」

ソレンは呟く。

怪物は、自らが憎まれていることを知っている。

謁見の間。

若き皇帝ニケフォロスは玉座に座る。

その背後。

黒鉄の軍装に、身を包んだゲラシムが立つ。

「ヴァルディア侯国の若き俊英か」

ゲラシムは笑わない。

ただ、観察する。

「帝国の安寧を願い、参上しました」

形式的な言葉。

だが、視線は逸らさない。

一瞬。

ほんの一瞬。

沈黙が刃のように張り詰めた。

ゲラシムが言う。

「いい目だ。だが、まだ軽い」

その瞬間、ソレンは悟る。

――この男は勘で生き延びてきた。

暗殺は、容易ではない。

夜。

臨時宮殿の構造図が広げられる。

腹心の士官が囁く。

「近衛の交代時刻に隙が生じます」

一撃で終わらせる。

怪物の首を落とせば、軍は混乱する。

十常院は沈黙する。

元老院は、息を吹き返す。

帝国は立て直せる。

ソレンは静かに頷く。

「決行する」

だが、その直後、警報が鳴り響いた。

重装兵が殺到する。

「罠だ」

包囲。

銃火。

爆煙。

ソレンは撤退を選んだ。

「ここで死ねば、何も残らない」

冷静だった。

激情ではなく、判断で生き延びる。

遠ざかる中庭で、ゲラシムの声が響いた。

「惜しいな、若造」

逃走の末、ソレンは旧友の邸宅へ身を寄せた。

かつて、元老院に籍を置いた学者。

政治から距離を置き、静かに暮らしている。

「まさか、お前が追われるとはな」

温かな食卓。

久しく感じなかった安堵。

だが、部下が低く告げる。

「不審な通信を傍受しました」

裏切りの兆候。

邸内に武装の気配。

ソレンは考える。

迷えば捕まる。

捕まれば終わる。

「先に動く」

夜。

銃声が響いた。

短い制圧。

静寂。

だが、転がる武器は農具。

通信は誤認。

友は最後に言った。

「……信じて、いたのに」

ソレンは立ち尽くす。

血が床に広がる。

彼は理解した。

誤った。

完全に。

夜明け前。

ソレンは星空を見上げる。

言い訳はできる。

緊急事態だった。

判断は合理的だった。

だが、それは正義ではない。

「戻れないな」

静かな声。

彼は悟る。

怪物を斬るだけでは、帝国は変わらない。

怪物は、腐敗が生んだ結果。

制度そのものが歪んでいる。

「ならば、制度を動かす」

剣ではなく、構造で。

ヴァルディアに帰還。

緊急評議会。

諸星系へ向けた通信草稿が広げられる。

ソレンは自ら筆を取る。

銀河標準通信網に一斉送信。

帝国は今、軍の私物と化した。
皇帝は玉座にある。
だが帝国は、そこにはない。

我らは帝国法を回復する。
怒りではない。
私怨でもない。

怪物を倒すのは怒りではない。
秩序だ。

送信。

光速を超え、檄は星系を駆ける。

名門貴族が檄文を読む。

辺境侯が沈黙する。

野心家が計算する。

元老院の一部が動く。

銀河は揺れた。

ソレンは窓辺に立つ。

「連合は必要だ」

だが、彼は知っている。

連合は理想ではなく、利害で結ばれる。

それでも進む。

血を背負ったまま。

遠い辺境アグリアでは、難民が語り合う。

「帝国に逆らう男がいるらしい」

「名は、ソレン」

だが、もう一つの名も囁かれている。

――ジーク。

まだ、動かない。

だが、風は変わり始めていた。

銀河は、分裂へ向かう。

そして、歴史は加速する。

つづく

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