SF小説 銀河世紀

銀河世紀 第5話

群星の烽火

――アグリア騒乱

リミナル宙域。
その宇宙空間は、中立地帯と呼ばれるところである。

かつて、銀河連邦の緩衝地帯として機能していた。

惑星アグリア。

豊かな土壌と安定した恒星を持つ農業惑星。
三銀河団へ穀物を供給する重要拠点だった。

だが今、その軌道上には、黒い艦影が静止している。

ゲノミニアン管理艦隊。

ブリッジで、アストライアが報告する。

「アグリア行政中枢より緊急通信を傍受しました」

ホログラムの彼女は静かに告げる。

「内容は――《人口削減最適化命令》」

クラリッサの表情が硬くなる。

「……最適化?」

「生産効率低下区域における、非生産階層の強制再編。
事実上の、選別処分です」

沈黙が落ちる。

ジークは拳を握った。

「何人だ」

「初期対象、約三百万」

その数字は、あまりにも無機質だった。

地表の都市圏では、既に混乱が始まっていた。

星環調和会の黄色い旗が掲げられる。

円環の中に、三つの光点。

「星は環となり、命は等しく巡る」

教祖エリアス・ヴァレリオンは、民衆の前に立つ。

白衣のような長衣をまとい、穏やかな声で語る。

「最適化とは、排除ではない。
調和とは、選別ではない」

彼は科学者だった。
かつて、連邦の理論物理学者であった。

だが今は、思想・哲学の指導者だ。

「命は数値ではない。命は、巡るものだ」

歓声が上がる。

それは、宗教ではない。
だが、宗教に近い熱だった。

ゲノミニアン地上部隊が展開する。

感情を持たぬ統制兵が並んでいた。

拡声が響く。

《命令執行まで、72時間》

それが、引き金だった。

農業ドームの労働者が蜂起する。

防衛用ドローンを奪取し、
倉庫の資材を武器に転用した。

蜂起は、組織的だった。

星環調和会は、すでに地下で準備を進めていたのだ。

アストライア号は、惑星軌道上で状況を監視していた。

「介入しますか?」

アストライアが問う。

ジークは即答しない。

これは、彼らの戦いだ。
外部の我々が、決めていいものではない。

だが――地表の映像が切り替わる。

処分対象区域。
幼い子供を抱えた母親。

その背後に迫る統制兵。

ジークは立ち上がった。

「降下する」

クラリッサが短く頷く。

ヘンリーは叫ぶ。

「やっとかよ!」

ヘレンは静かに目を閉じる。

彼女の周囲で、微細な光が揺れた。

市街戦の様子がモニターに映し出された。

ジークは、アストライアに精密支援射撃を命令。

ヘレンの異能が、敵兵の演算を攪乱する。

ヘンリーが、特殊装甲車両で突破口を開く。

クラリッサは負傷者を救い続ける。

ジークは前線に立つ。

彼は英雄ではない。

ただ、一人の兵士として。

その姿を、教祖エリアスは遠くから見ていた。

しかし、蜂起は長くは続かなかった。

軌道上に現れるゲノミニアンの増援艦隊。

ゲノミニアンの制圧は、圧倒的だった。

星環調和会本部は、瞬く間に包囲される。

エリアスは逃亡を拒んだ。

「理念は、捕らえられない」

彼は民衆の前で拘束される。

だが、その姿は、既に彼らの象徴となっていた。

蜂起は鎮圧された。

惑星アグリアは再び沈黙する。

だが――その火は消えていなかった。

アストライア号は、この宙域を離脱する。

ブリッジで、アストライアが記録する。

《アグリア騒乱、終結》
《統治信頼度、銀河各域で急落》
《辺境宙域にて武装自治の動き、急増》

クラリッサが言う。

「これは……始まりですね」

ジークは窓の外を見る。

遠く、複数の宙域で通信が活発化している。

各惑星種族の豪族たちが、武装を宣言する。

「自衛」の名のもとに。

そして、エリアスの思想は銀河規模で拡散する。

弾圧を逃れた知識人たちが、各地へ散る。

武装化した豪族集団と、拡散した理念。

二つの流れが結びつくとき
――銀河は、統一を失う。

後世、この時代は、
銀河群星自立期の始まりと呼ばれる。

軍閥的勢力が各宙域で誕生し、
銀河は群雄割拠の様相を呈した。

それらを支えたのは、
アグリア騒乱に触発された星々の豪族と、
広汎な宇宙域へ拡散した知識人たちであった。

歴史は、もはや一つではない。

それぞれの星が、
それぞれの正義を掲げ始めたのだ。

その渦の中心に、一隻の戦艦がある。

だがまだ、誰もその名を知らない。

つづく

-SF小説 銀河世紀