絶望の中の希望
アストライア号は、静かに推進光を落とし、巨大な宇宙構造物へと接近していた。
アンドロメダ評議会管理下
――かつて銀河連邦の中枢補給拠点であった宇宙ステーション〈ヘスティア〉。外殻には無数の修復痕が残り、装甲は年代物だったが、
それでもなお、この宙域では数少ない「秩序の名残」だった。「ドッキング許可、下りました」
ブリッジでクラリッサ・メイ・マクダネルが報告する。
「評議会も、あなたの艦に興味を持っているようです。
“百年前の亡霊”ですから」ジークは苦く笑った。
「亡霊でも構わない。動けるなら、それでいい」
アストライア号は、ゆっくりとドックに収まった。
ステーション内部は、かつての繁栄を想像させるには、あまりにも静かだった。
人影はまばらで、通路には応急補修の痕が目立つ。そのドックで、ジークは一人の男と出会った。
「……これが、あのアストライア号か」
油と金属の匂いをまとった、背の高い技術者。
鋭い眼差しが、戦艦の外装をなぞる。「ヘンリー・ハーバードだ。
評議会付き……というより、居ついてるだけの技術屋だがね」「銀河連邦軍第七艦隊、マーク・ジークフリートだ」
名乗ると、ヘンリーは一瞬だけ目を見開き、すぐに笑った。
「百年前の英雄か。
なるほど……この艦も、妙な“気配”を放ってる」彼は躊躇なく修理を引き受けた。
まるで、この出会いを待っていたかのように。
修理は、驚くほどの速度で進んだ。
アストライア号は、眠りから目覚めるかのように、次々とシステムを回復させていく。
その最中、ジークはまだ完全には回復していなかった。肩の負傷。
そして、百年の断絶がもたらした、精神的な疲弊。だが――その時だった。
警報が、ステーション全域に鳴り響いた。
「ゲノミニアン艦隊、出現!」
通信士の叫びが、空気を切り裂く。
「数は……三! 小規模ですが、明らかに偵察ではありません!」
「評議会の防衛艦は?」
「応答ありません!」
ジークは、歯を食いしばって立ち上がった。
「私が行く」
「艦長、まだ治療が――」
「指揮官が退くわけにはいかない」
銃撃音と衝撃が、通路の向こうから迫ってくる。
ゲノミニアン兵――無機質な装甲と、異様に無駄のない動き。
ジークは応戦したが、体は正直だった。
一瞬の隙。視界が揺れ、膝が落ちる。
「――艦長!」
その時、淡い光が走った。
紫色の肌を持つ、小柄な少女が、ジークの前に立っていた。
リゲル人――ヘレン。
彼女の瞳が輝いた瞬間、空間が歪む。
ゲノミニアン兵は、まるで見えない力に押し潰されるように、壁へ叩きつけられた。
「……だいじょうぶ?」
不安そうな声。
ジークは、信じられないものを見るように彼女を見つめた。
「君が……やったのか?」
ヘレンは、小さく頷いた。
「わたし、少し……できるの」
その瞬間、通信が割り込んだ。
「艦長! 修理、終わったぞ!」
ヘンリーの声だった。
「エンジン、反応炉、全部いける!
今すぐ出られる!」「了解だ。全員、アストライア号へ!」
ジークはヘレンの手を取り、走った。
ブリッジでは、すでにクラリッサが発進準備を整えていた。
「艦長、ここはもうダメです。
ステーションは持ちません」「……わかった」
ドックの外では、爆発の光が広がっている。
「メインエンジン、起動」
その瞬間、ブリッジ中央に光が集束した。
人の形をしたホログラムが、静かに立ち上がる。
銀色の髪。
澄んだ瞳。――アストライア。
「艦長」
その声は、はっきりと意思を帯びていた。
「出港します」
ジークは、前を見据え、静かに命じた。
「行こう。ここからだ」
アストライア号のエンジンが咆哮し、
巨大な戦艦は、崩壊する宇宙ステーションを背に、闇へと飛び出した。それは、敗残者の逃走ではない。
絶望の中に、確かに灯った希望の航跡だった。
銀河大戦は、再び動き始める。
つづく